第12章ー30
「……勇者!? あっ……」
その言葉を聞いた瞬間、思わず声が漏れてしまった。
勇者。
魔王軍に立ち向かい、人類を守るために戦う存在。
そして、かつて自分とミオを救ってくれた人物でもある。
……そうか。
グランドオーダーは、勇者によって倒された。
ということは、時系列的に考えれば、アラガの育ての母が殺されたのは、それよりも前の出来事ということになる。
彼の話を聞く限り、母親が殺されたのは勇者が助けに来る直前だった。
つまり――ほんの少しタイミングが違っていれば、救えたかもしれない命だったということだ。
そう考えると、胸の奥が何とも言えない気持ちになった。
勇者がもっと早く現れていれば。
アラガの母親も、今頃は生きていたかもしれない。
もちろん、そんなことを言っても結果が変わるわけじゃない。勇者だって、すべての人を救えるわけではないのだから。
それでも、アラガの立場からすれば、簡単に割り切れる話ではないだろう。
彼の過去を聞いていくうちに、なぜ勇者を憎んでいるのか、その理由が少しずつ理解できてしまった。
「勇者が奴を殺したせいで、俺の目標は崩れ去った。その時、俺は勇者への感謝よりも恨みが募った。だから俺は勇者を信頼していないし、母を救えなかった憎しみは今でも忘れない」
「……」
その言葉を聞いて、自分は何も返せなかった。
それと同時に、アラガがなぜ自分を敵視しているのかも、少しだけ理解できた気がした。
勇者がもう少し早く救出していれば、アラガの母親も救われたかもしれない。
勇者に悪意があったわけじゃない。むしろ、魔王軍に立ち向かい、誰かを救うために戦っていたはずだ。
それでも、子供の立場からすればどうだろう。
目の前で大切な人が苦しんでいる。
助けてくれるかもしれない人がいる。
なのに、その人が来た時には、もう手遅れだった。
しかも、それが自分を育ててくれた母親だったとしたら……。
救えたかもしれない命が、救われなかった。
その悔しさも、もどかしさも、簡単に忘れられるものじゃないだろう。
ましてや、アラガにとっては、産んでくれた母親も、育ててくれた母親も、どちらも魔物によって奪われている。
そんな彼にとって、勇者の存在は一体どんなものだったのだろうか。
……そういえば。
ふと、以前勇者から聞いた話を思い出した。
『なんで、もっと早く助けに来てくれなかったの?』
助けた子供から、そう言われたそうだ。
その言葉が勇者にとってどれほど辛いものだったのかは、想像するまでもない。
誰かを救うために戦ってきたのに、その救った相手から責められる。
しかも、相手の言葉が間違っているとは言い切れないのだから。
勇者だって、きっと苦しかったはずだ。
それでも……その子供の気持ちも、分からなくはない。
自分だって、もしミオを救えなかったら。
もし、あの時勇者が来てくれなかったら。
そう考えるだけで、胸が締め付けられる。
感謝しているからこそ、救われなかった人の気持ちまで簡単に否定することはできない。
……複雑だな。
まさかとは思うが、その時の子供というのは、アラガのことだったのだろうか。
決して確証があるわけじゃない。
勇者から聞いた話と、今アラガが語ってくれた過去。
それらを照らし合わせると、どうしてもそう思えてしまう。
もし本当にそうだったとしたら……。
アラガが勇者を憎む理由も、今まで以上に理解できる気がした。
「……ん? でも、それだったらなんで魔王を殺すっていう目標になったんだ? 勇者を憎んでいるなら、なんで勇者と同じ道を……」
しかし、そこでふと疑問が浮かんだ。
アラガは勇者を信頼していない。
母親を救えなかったことへの憎しみも、今なお抱えている。
それなのに、なぜ魔王を倒そうとしているのだろうか。
勇者への復讐を考えるなら、魔王を討つという目標は、どこか矛盾しているようにも思える。
いや、そもそも……。
グランドオーダーを倒すという目標を失った時、アラガは一体何を考えていたのだろう。
その疑問を口にするより先に、彼が静かに語り始めた。
「一度目標を見失い、生きる意味を失っていた。だが、このまま死ねば、俺を産んで死んだ母も、何年も育ててくれた母の死も無意味になる」
「……」
「生き残ってしまった以上、せめてこうなった元凶の魔王を殺して、この命の存在価値を無価値なものにしないようにする。それが俺の出来る、いや、しなければいけない贖罪だ」
「……アラガ」
思わず、彼の名前を呼んでしまった。
その声に、アラガは何も答えなかった。
ただ、いつもと変わらない表情で、こちらを見ている。
……いや。
本当に、いつもと変わらないのだろうか。
少なくとも、自分にはそう見えなかった。
彼の言葉を聞いて、ようやく理解した。
アラガが魔王を殺そうとしている理由。
それは、単なる復讐ではない。
自分を産んでくれた母親。
そして、何年もの間、自分を育ててくれた母親。
二人の命を奪われた彼にとって、その死を無意味なものにしたくないという思いが、今も生き続けている。
だからこそ、彼は生きようとしている。
自分の命に意味を与えるために。
自分が生き残ってしまったことを、無駄にしないために。
そして、二人の母親を奪った元凶である魔王を倒すために。
それが、アラガにとっての贖罪。
……けど。
それは、本当に贖罪なのだろうか。
母親を救えなかったことに対して、彼が罪を感じる必要なんてあるのだろうか。
アラガは何も悪くない。
母親を救えなかったのは、彼の責任じゃない。
それなのに、彼は自分の命に意味を持たせるために、魔王を倒さなければならないと思っている。
まるで、そうしなければ自分が生きていることさえ許されないとでも言うように。
……そんなの、あまりにも。
「……」
言葉が出なかった。
自分はアラガの過去を知った。
彼が勇者を憎む理由も、魔王を倒そうとする理由も。
そのどちらも、理解できてしまった。
だからこそ、今の自分には何を言えばいいのか分からなかった。




