第12章ー29
「……ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、思考が止まった。
……殺そうとした?
アラガを育てた母親が。
自分の耳に入ってきた言葉が、すぐには理解できなかった。
「元々優しい母だったが、奴隷みたいな扱いをされてる上に、ガキの面倒まで押し付けられたんだ。それで精神を摩耗して、限界を迎えた母は俺の首を絞めて殺そうとした」
「……」
アラガの話を聞いているうちに、胸の奥が苦しくなってきた。
……そりゃあ、そうだよな。
育ての母は、元々ただの町娘だったんだ。
それなのに、グランドオーダーたちから奴隷のような扱いを受け、望んでもいない子供の世話まで押し付けられた。
自分の意思で選んだ生活ではない。逃げることも、逆らうことも許されず、ただ言われたとおりに生きるしかなかったのだろう。
そんな生活を続けていれば、精神が追い詰められていくのも無理はない。
……いや、むしろ、よくそこまで耐えられたものだと思う。
自分も、かつて奴隷のような生活を強いられたことがある。
自由を奪われ、何もかもを押し付けられ、逃げ場のない日々を送る。一度は死を望んだことだってある。その苦しさは、経験した者にしか分からない部分もあるだろう。
だからこそ、アラガを育てた母がどれほど辛かったのか、少しは理解できる気がした。
……でも。
それでも、だ。
彼女がどれだけ追い詰められていたとしても、目の前にいる子供に手をかけようとした事実は変わらない。
そして、その子供こそがアラガだった。
生まれたばかりの頃から、魔王軍の戦力として利用するために育てられた存在。
そんな彼が、育ててくれた母親に首を絞められた。
……どれほどの絶望を味わったのだろう。
自分が信じていた相手に、命を奪われかけた。
しかも、それまで母親として自分を育ててくれた人だ。
その瞬間、アラガの中で何が起きたのか。
今の自分には、想像することしかできない。
ただ、少なくとも、自分たちが村で味わった絶望とはまた違う、別の苦しみがあったのだろう。
「……だが、そのことに気づいた奴が、育ての母を殺した」
「ッ!?」
さらに続いたアラガの言葉に、思わず息を呑んだ。
……殺した?
グランドオーダーが、育ての母を?
いや、待て。
今の話を聞く限り、彼女はアラガを殺そうとした。
そして、そのことに気づいたグランドオーダーが、彼女を殺したということなのか。
……なんて話だ。
アラガを魔王軍の戦力にするために、育ての母を用意した。
その母親が、精神を追い詰められ、ついにはアラガの命を奪おうとした。
しかし、それを危惧したグランドオーダーはその母親を殺した。
……つまり。
アラガは、二人の母親を魔物によって奪われたということになる。
産んでくれた母親は、出産と同時に命を落とした。
育ててくれた母親は、グランドオーダーに殺された。
どちらも、彼自身が望んだことではない。
……そんなの、あんまりだろ。
「母が殺された時、俺は母に対する絶望よりも、母をあそこまで追い詰めた奴が憎かった。だから俺は奴を殺すことを目標に生きようとした。だが、その目標はすぐに破綻した」
「……破綻?」
アラガの言葉に、思わず聞き返してしまった。
母親を殺された。
その相手がグランドオーダーだった。
ならば、彼が復讐を決意したのは、当然のことなのかもしれない。
自分だって、もし両親を殺した相手が目の前にいたら、どうするか分からない。
……いや。
それでも、アラガなら、きっとその相手を倒そうとするだろう。
彼は魔王を倒すことを目標にしている。
その理由が、今の話とつながっているのだとしたら。
グランドオーダーを殺すことが、彼にとって最初の目標だったのかもしれない。
だが、その目標はすぐに破綻した。
……一体、どういうことだ?
復讐を諦めたのか。
それとも、グランドオーダーを殺すことができなくなったのか。
疑問が次々と浮かんでくる。
けれど、アラガはまだ話を続けていた。
「母が殺されて間もなく、勇者が現れた」




