第12章ー25
「……」
「……」
体育館の中に、二人の沈黙が流れ続けていた。
……なんか、気まずいな。
先ほどから、どうにも落ち着かない。以前にもアラガと気まずい雰囲気になったことはあったが、ここまで長く沈黙が続くのは初めてかもしれない。
「……ハア……ハア……ハア……」
隣から聞こえてくるのは、荒い呼吸音だけ。
アラガも相当疲れているようだ。まあ、今日一日、あれだけの訓練をこなしていたのだから無理もない。自分だって、今すぐ立ち上がれと言われたら、できれば遠慮したいくらいには疲弊している。
とはいえ、このままずっと黙っているのも、なんだか居心地が悪い。
……いや、待てよ。
ふと、あることに気づく。
不思議なことに、今のアラガからは、以前ほどの緊張感を感じないのだ。
以前の彼は、近くにいるだけで息が詰まりそうになるほどの殺気を放っていた。迂闊に話しかければ睨みつけられ、少しでも気に障ることを言えば、容赦なく威圧される。そんな印象が強かった。
だが、今はどうだろう。
もちろん、だからといって気軽に話しかけられるほど親しみやすくなったわけではない。それでも、少なくとも以前のような、こちらを寄せつけない雰囲気は薄れている気がする。
単純に、疲れ切っているだけかもしれないけど。
……いや、むしろこれはチャンスなのでは?
自分たちは、同じ補習を受けている仲だ。しかも、今この体育館にいるのは自分とアラガの二人だけ。
普段なら、こちらから話しかけることすら難しい相手だ。だが、今なら少しくらい会話を交わせるかもしれない。
この機会に、少しでも距離を縮めておくのは悪くないはずだ。
ミオだって、アラガと仲良くなろうと何度も行動していた。自分も見習って、もう少し積極的になってみるべきなのかもしれない。
……よし。
そうと決まれば、善は急げだ。
「……な、なあ、アラガ」
意を決して、隣に座るアラガへ声をかけた。
……うん。やっぱり緊張するな。
相手は疲れている。もしかしたら、今は誰とも話したくない気分なのかもしれない。そんなときに話しかければ、機嫌を損ねてしまう可能性だってある。
けれど、そんなことをいちいち気にしていたら、いつまで経っても話しかけられない。
そもそも、最初からうまくいくとは思っていない。駄目なら駄目で、そのときは素直に謝ればいいだけの話だ。
……うん。そう考えれば、少しは気が楽になる。
「……なんだ?」
「ッ!?」
思いのほか、あっさりと返事が返ってきた。
アラガがこちらへ視線を向ける。その表情は相変わらず読み取りづらいものの、少なくとも露骨に睨みつけてくるようなことはなかった。
以前の彼なら、こちらの声を聞いただけで不機嫌そうな顔をしていたかもしれない。あるいは、何の用だと言わんばかりに、もっと高圧的な態度を取っていた可能性もある。
それなのに、今はただ、こちらの言葉を待っている。
……あれ? 思っていたより普通に返してくれたな。
いや、単に疲れていて、いつものような反応をする余裕がないだけなのかもしれない。そう考えると、素直に喜んでいいものか悩ましいところではある。
それでも、予想していたほど悪い反応ではなかったことに、胸の奥で張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。
よし。この調子なら、もう少し話せるかもしれない。
「え、えーっと……」
……しまった。
安心したのも束の間、肝心なことに気づいてしまった。
何を話せばいいんだ?
勢いで声をかけたはいいものの、肝心の話題をまったく考えていなかった。せめて、何か一つくらい話のきっかけを用意しておくべきだった。
頭の中を必死に探ってみるが、気の利いた言葉なんて何一つ浮かんでこない。
いや、待て。落ち着け、自分。
別に、最初から難しい話をする必要はない。普通に会話を始められれば、それで十分なはずだ。
今日の出来事。訓練の感想。何でもいい。
何か……何かないか?
「きょ、今日の訓練、どうだった?」
そして、どうにか絞り出した言葉がそれだった。
……うん。普通だ。
あまりにも普通すぎる質問だった。




