第12章ー24
「ハア……ハア……ハア……」
数時間後。
窓の向こうに目を向けると、いつの間にか日が傾き、空が赤みを帯び始めていた。
どうやら、もう夕方が近いらしい。
「今日はこんなところか。お前ら、もう切り上げるぞ」
先生がこちらに声を掛けてくる。
「ハア……ハア……は、はい……」
息を整える余裕もないまま、どうにか返事をした。
予定通り、夕方前には補習を終えるつもりらしい。もっとも、こちらとしても異論はない。
昼食である程度回復した魔力も、度重なる試行錯誤ですっかり底をつきかけていた。身体も疲労困憊で、正直なところ、これ以上続けろと言われても困る。
そう考えると、ちょうどいい頃合いだったのかもしれない。
「俺はもう帰る。ここで休みてえなら勝手にしろ。だが、戸締まりはちゃんとやれよ。忘れてたらテメーらぶっ殺すかんな」
「……はい」
いや、物騒すぎるだろ。
戸締まりを忘れたくらいで殺されてたまるか。
そもそも、言われなくたってそのくらいきちんとやるつもりだ。わざわざ脅す必要なんてないと思うんだが……。
まあ、先生らしいと言えば先生らしいか。
先生はそれ以上何も言わず、体育館を後にした。
その背中を見送ったあと、自分は大きく息を吐き、体育館の床へと倒れ込んだ。
「ふう……」
静まり返った体育館の天井を、ぼんやりと見上げる。
今日はほとんど、鎧の生成と出力調整を繰り返していただけだ。実際に誰かと戦ったわけでもなければ、激しい運動を続けていたわけでもない。
それなのに、普段の授業を受けたときと同じくらい疲れている気がする。
いや、もしかすると、それ以上かもしれない。
鎧を生成するたびに魔力の出力を変え、太陽の魔力を流し込み、耐えきれなければすぐに解除する。そんな作業を何度も繰り返していたのだから、疲れるのも当然なのだろう。
結局、今日は納得のいく鎧を完成させることができなかった。
けれど、何が問題なのかは少しずつ見えてきた気がする。
今後も試行錯誤を続けるしかないか。
「……ハア……ハア……ハア……」
ふと隣から荒い息遣いが聞こえ、そちらへ顔を向ける。
そこには、床に座り込んで肩を上下させているアラガの姿があった。
……あっちも相当きつそうだな。
アラガも自分と同じように、今日一日、ほとんどその場から動かずに訓練を続けていた。
ただし、取り組んでいた内容は自分とはまったく異なる。
アラガは魔眼を開放した状態で、魔力を制御するための訓練を行っていたのだ。
普段は眼帯で覆っている魔眼を、今日はほぼずっと露わにしていた。その負担がどれほどのものなのか、今の様子を見れば嫌でも想像がつく。
自分は以前、アラガが魔眼を開放したときの脅威を身をもって味わっている。
あの魔眼は、ただ相手の魔力を見抜くだけの能力ではない。開眼した瞬間、アラガの魔力量は明らかに増大していた。
しかし、その力には相応の代償があるらしい。
魔眼を開いているだけでも、本人の身体には相当な負担が掛かるのだ。
それでも、魔眼を使いこなせれば、得られる力は計り知れない。
……そういえば、先生は魔眼のことを何と言っていたんだったか。
確か、予備の魔力貯蔵庫のようなものだと言っていたはずだ。
アラガ自身が持つ魔力とは別に、魔眼には独立した魔力が蓄えられている。そのため、魔眼を開放すると、普段のアラガでは扱えないほどの魔力を引き出せるというわけだ。
なるほど。魔眼を開いた途端に魔力量が増大したのも、それなら納得できる。
だが、問題はその魔力をどう制御するかだ。
魔力量が増えるということは、それだけ強力な魔法を使える可能性があるということ。しかし、制御できない魔力など、本人にとっても周囲にとっても危険でしかない。
そこで先生が考えたのが、魔力を消費させるという方法だった。
……いや、言葉にすると、あまりにも単純なんだけどな。
魔力が余って制御できないのなら、使って減らせばいい。
理屈だけなら分かりやすい。だが、実際にやるとなれば話は別だ。
魔力を消費するには、魔法を使うか、魔力を身体の外へ放出する必要がある。つまり、加減を間違えれば、周囲にまで影響を及ぼしかねないのだ。
例えば、ドライアイスをそこら中にばらまくようなもの……だろうか。
いや、我ながら妙なたとえだとは思う。
ただ、アラガの魔力が周囲に影響を与える危険性を考えれば、あながち間違ってもいない気がする。
もちろん、実際には魔力の性質も作用も異なるため、単純に同じものとして考えられるわけではないのだが。
とにかく、アラガが目指しているのは、周囲に被害を及ぼさない範囲で魔力を消費しながら、魔眼による苦痛を軽減することらしい。
しかも、魔導結界を発動してもなお余りあるほどの魔力量をだ。そりゃあかなりキツイだろうな。いや、アラガからすればかなりという表現すら生温いものだろう。
だが、魔眼を開放した状態でも安定して魔力を扱えるようになれば、戦闘中に受ける負担も抑えられるかもしれない。
それが実現すれば、アラガにとって大きな武器になるのは間違いないだろう。
魔王すら倒せるかもしれない――先生は、そんな可能性まで示唆していた。
流石に、そこまでの力があるかどうかは分からない。
魔王と直接戦ったことがあるわけでもないし、魔眼の力を完全に引き出したアラガがどこまで戦えるのかも未知数だ。
ただ、十死怪クラスの魔物にとっても、相当な脅威になるのではないだろうか。
少なくとも、自分が相手にするなら、あの魔眼を甘く見るつもりはない。
……まあ、その前に、自分の鎧をどうにかしないとな。
魔眼の力に感心している場合ではない。自分だって、太陽の魔力を使いこなすという課題を抱えているのだから。
結局のところ、どれだけ強力な力を持っていたとしても、それを制御できなければ意味がない。
今日の鍛錬で、そのことを改めて思い知らされた。
「……はあ」
もう一度、深いため息をつく。
夕日に染まる体育館の中、隣ではアラガが相変わらず荒い呼吸を繰り返していた。
今は互いに、次の一歩を踏み出すための準備期間ということなのだろう。
しばらくは、このまま休んでいてもいいか。
そう考えた自分は、床に寝そべったまま、静かな体育館でアラガと二人、身体が回復するのを待つことにした。




