第12章ー20
「んじゃ、レールステンも来たことだし、本格的に始めっぞ」
コールスタッシュ先生が、いつもと変わらない調子で声を上げた。
……いや、いつもと変わらないのは先生だけか。
「…………」
「…………」
自分とアラガの間には、先ほどの一件を引きずるような重苦しい空気が漂っていた。
当然といえば当然だろう。つい数分前まで、アラガは先生の胸ぐらを掴んでいたのだ。あんな光景を目の当たりにして、何事もなかったかのように補習を始めろと言われても、すぐに気持ちを切り替えられるはずがない。
……先生め。
あの喧嘩の原因くらい説明してくれれば、ここまで妙な空気にならずに済んだだろうに。
いや、そもそも原因を作ったのが先生自身だったりするのだろうか?
あり得そうなのが、また何とも言えないところだ。
そんなことを考えていると、先生は自分たちの様子など気にも留めず、さっさと話を進めていった。
「アラガの課題は、さっき言った通りだ。あの練習をそのまま続けろ。で、こっからはレールステンの番だ」
「……」
アラガは相変わらず不機嫌そうな表情を崩さず、無言で先生の顔をジッと見つめていた。
……やっぱり、何かあったんだよな。
先生の話によれば、アラガにはすでに練習内容を伝えてあるらしい。つまり、あの険悪な雰囲気になったのは、課題の説明を受けた後ということになる。
いったい何を言われたら、先生の胸ぐらを掴むところまでいくんだ?
気になる。ものすごく気になる。
だが、今はそれを問い詰められるような空気でもなかった。
「んで、お前には聞きたいことがいくつかある。昨日の試合のことも含めてな。ちゃんと考えて、真面目に答えろよ」
「は、はい!」
突然こちらに話を振られ、思わず背筋が伸びた。
先生の声は普段と変わらないが、その目は真剣だった。どうやら、ただの世間話をするつもりではないらしい。
まあ、昨日のアラガとの試合では、今まで使っていなかった魔法を披露したわけだしな。先生としても、確認しておきたいことがあるのだろう。
「まず、昨日の試合で着けてた、あの鎧。ありゃお前のオリジナルか?」
「いえ。父が昔使っていたのを思い出して、見様見真似で再現したものです。細かいところは、自分なりにアレンジしていますけど」
「親父さんが使ってた、ねぇ……」
先生は顎に手を当て、何かを考えるように目を細めた。
自分の父がかつて使っていた鎧――煉獅子装炎獄誘灰武者。
正確には、父が使っていたものを参考に、自分なりに再現した魔法だ。
父から直接、仕組みや扱い方を教わったわけではない。あくまで記憶に残っていた姿を頼りに、自分の魔力で形にしたものだった。
だから、完全に同じものを再現できているのかどうかも分からない。
「で、あの鎧は強化系の魔法ってことでいいのか?」
「まあ、そんな感じですね」
「そんな感じ、ねぇ……」
先生が少しばかり眉をひそめる。
……うっ。
我ながら、曖昧な答えだとは思う。
だが、実際にそうとしか説明できないのだから仕方がない。
「背中に太陽の紋様があって、それを回すたびに力の解放率が上がる仕組みです。五回回せば、通常の二百パーセントの力を出せるようになっています」
「なるほどな。火事場の馬鹿力を段階的に引き出す、って感じか」
「まあ、そんな感じです」
自分で説明しておいて何だが、先生の言い方の方が分かりやすい気がする。
要するに、鎧の背中にある太陽の紋様を回すことで、内側に蓄えた力を段階的に解放していく魔法なのだ。
ただし、単純に力が増すだけではない。
あの鎧を使っている間は、普段とは違う力が全身を駆け巡るような感覚がある。昨日の試合でも、その力を利用してアラガの攻撃に対抗した。
とはいえ、具体的にどんな原理で力が引き出されているのかまでは、自分自身も理解しきれていない。
何しろ、父から直接教わったわけではないのだから。
「それで、どれくらいの時間使える?」
「継続時間ですか?」
「そうだ。どれだけ強力な魔法でも、すぐに解除されちまうんじゃ意味がねぇ。使いどころを考えるためにも、持続時間は把握しておく必要があるだろ」
「ああ、なるほど……」
確かに、その通りだ。
いくら強力な力を引き出せたところで、ほんの数秒しか維持できないのなら、戦い方も大きく変わってくる。
逆に、長時間維持できるのであれば、戦闘中の選択肢も増えるはずだ。
「昨日、初めて使ったばかりなので、正確な時間は分からないですけど……十分以上は厳しいと思います」
「…………」
先生は返事をせず、しばらく黙り込んだ。
……あれ?
何かまずいことを言っただろうか。
いや、実際にどれくらい維持できるのか分からないのだから、適当なことを言うわけにもいかない。昨日使ったときの感覚を思い出しながら、正直に答えただけだ。
それでも、先生はすぐには口を開かなかった。
やがて、何かを確かめるように自分を見据えると、短く告げた。
「……とりあえず、一度使ってみろ」
「はい」
どうやら、説明を聞くだけでは判断できないと考えたらしい。
まあ、当然だろう。
自分自身、あの鎧の仕組みを完全に把握しているわけではないのだ。口で説明するよりも、実際に使ってみせた方が、先生にとっても分かりやすいはずだ。
自分は小さく息を吸い、意識を切り替えた。
昨日の試合で使った、あの感覚を思い出す。
父さんが使っていた鎧の姿。
背中に刻まれた太陽の紋様。
そして、その力が解放されていく感覚。
……よし。
自分は先生の指示に従い、煉獅子装炎獄誘灰武者を発動するため、魔力を練り始めた。




