第12章ー1
「んっ……んん……」
薄暗い部屋の中で、ゆっくりと目を覚ます。
……なんだ、ここ。
寝ぼけた頭では状況が理解できず、しばらく天井を眺めていた。
やがて少しずつ意識がはっきりしてくる。
そうだ。ここは自分の部屋だ。
昨日は――魔闘祭。
アラガとの試合があって、それから……。
「……」
そこまで考えたところで、記憶が途切れていることに気づいた。
アラガとの試合以降のことを、ほとんど覚えていない。
気がついたらベッドで寝ていたらしい。
しかも、どうやら日付まで跨いでしまったようだ。
「んっ!?」
身体を起こした瞬間、ズキッと頭の奥に鋭い痛みが走った。
「頭、いてぇ……」
思わず額を押さえる。
片頭痛か。
この手の頭痛は、これまでにも何度か経験している。
原因なんて考えるまでもない。
……それにしても痛ぇな、これ。
「どんだけ寝てたんだよ、俺……」
寝ていた時間を確認しようと、部屋に置いてある時計へ目を向ける。
明かりを点けていないせいで少し見づらいが、短針が指しているのは――四。
「四時……?」
窓の外はまだ薄暗い。
この暗さから考えて、午後四時ということはないだろう。
つまり――午前四時。
「……マジか」
深夜を抜けたばかりの時間帯。
そりゃ、外が静かなわけだ。
しかし、問題はそこじゃない。
「……腹、減った」
ぐぅぅぅ……。
俺の腹が、まるで今の発言を肯定するかのように盛大な音を立てた。
「……」
腹減った。
めちゃくちゃ減った。
そういえば、魔闘祭の前に昼飯を食って、それから口にしたのは水くらいだった。
試合に夢中になっていたせいで気にしていなかったが、考えてみれば相当な時間、何も食べていない。
「……食堂」
とりあえず寮の食堂を思い浮かべる。
……いや、駄目だ。
こんな時間に開いているわけがない。
早くても朝――いや、この場合はもう朝なのか?
ともかく、食堂が開くまでにはまだ二時間くらいある。
「外で食うか?」
そう考えてみる。
……これも駄目。
外出するには学園側の許可が必要だったはずだ。
しかも今日は学園祭の翌日。
確か、学園は丸一日休みになっていて、教員達も休暇を取っている。
つまり――。
「許可、貰えねぇじゃん……」
そもそも、こんな時間じゃ外出用の魔道馬が動いているかどうかも怪しい。
店だって開いているとは思えない。
……詰んだ。
「うぅ……」
ベッドの上で項垂れる。
食堂が開くまで、あと二時間。
たった二時間。
普通なら「二時間くらい我慢しろよ」と言われる程度の時間だ。
でも今の俺にとっては――。
「……長ぇよ」
絶望的なまでに長い。
腹が減って仕方がない。
ぐぅぅぅ……。
「やめろって……余計腹減るだろ……」
自分の腹に文句を言ってみるが、当然ながら止まるわけがない。
大丈夫。
半日くらい飯を食わなかったところで、そう簡単に死ぬわけじゃない。
そう自分に言い聞かせる。
「……大丈夫、大丈夫」
――なのに。
空腹というのは、どうしてこうも苦しいんだろう。
魔物に殴られた時より辛いんじゃないか?
いや、本気でそう思う。
そういえば、昔もこんなことがあった。
「……」
昔のことを思い出していると、胸の奥が少しだけ苦しくなってきた。
腹が減っているせいなのか、それとも別の理由なのか。
分からない。
ただ――。
今の自分は、あの頃とは違う。
食堂がある。
暖かいベッドがある。
心配してくれる仲間がいる。
明日になれば、当たり前のように飯を食える。
そう考えると――。
「……俺って、幸せなんだな」
半日飯を食わなかっただけで、こんなにもヒイヒイ言っている。
昔の自分なら、きっと笑ってしまうだろう。
そんなことを考えながら、ぼんやりと部屋を見回していた時だった。
「……ん?」
ふと、机の上に何かが置かれていることに気づいた。
部屋が暗かったせいで、今まで気づかなかったらしい。
「なんだ、これ?」
ベッドから降り、机へ近づく。
そこに置かれていたのは、紙に包まれた何か。
そして――その隣に一枚の置き手紙があった。
「……手紙?」
紙を手に取って、書かれている文字を読む。
そこには、見慣れた名前があった。
――ミオ。
『サダメへ』
そして、その下には短い文章。
『後夜祭の余り物もらったから、起きたら食べて』
「……」
一瞬、言葉が出なかった。
ゆっくりと、紙に包まれた物へ視線を移す。
そして、震える手で包みを開く。
「……っ」
中に入っていたのは――ハンバーガーだった。
昨日の後夜祭で出された物の余りなのだろう。
時間が経っているせいか、パンは少し乾いている。
それでも。
今の俺にとっては、これ以上ないご馳走だった。
「……ミオ~~」
思わず情けない声が漏れる。
腹が減っていた。
頭も痛い。
身体中が重い。
そんな最悪な目覚めだったはずなのに――。
たった一つのハンバーガーと、たった一枚の置き手紙だけで、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
「ありがとな……ミオ」
誰もいない部屋の中で、小さく呟く。
そして俺は、涙を滲ませながらハンバーガーにかぶりついた。
「……うめぇ」
パンは少しパサついている。
冷えているし、出来立ての頃と比べれば、きっと味も落ちている。
それでも――。
「うめぇ……!」
今まで食べたどんな料理よりも、美味しく感じた。
腹が減っていたから?
もちろん、それもある。
けど――たぶん、それだけじゃない。
きっとこのハンバーガーには、ミオの優しさが詰まっている。
俺が起きた時に腹を空かせているかもしれない。
そう思って、わざわざ残しておいてくれたんだ。
そう考えたら、涙が止まらなくなった。
「……ほんと、ありがとな」
もう一度だけ呟いて、俺はハンバーガーを頬張る。
午前四時。
外はまだ暗い。
身体はボロボロで、頭も痛い。
それでも――。
今の俺は、確かに幸せだった。




