第11章ーおまけ11
私はわずかに息を乱したような素振りを見せながら、理事長室の中へと足を踏み入れた。
犯人は、まだこの部屋のどこかに潜んでいる可能性がある。
扉が破られていた以上、私が何も気づいていないように振る舞うのは不自然だ。かといって、最初から侵入者の存在を確信しているような態度を見せれば、相手を警戒させてしまう。
ならば――こちらが取るべき行動は一つ。
「犯人はもう逃げた」と、相手に思わせること。
あくまで私は、盗まれた物を探すことに必死になっているだけ。
そう見せかける。
「ハア……ハア……」
わざと少しだけ荒い呼吸を作りながら、私は室内を見回した。
机の上。
本棚。
書類を収めた棚。
引き出し。
目につく場所から順番に、手当たり次第に確認していく。
もちろん、ただの演技ではない。
何が盗まれたのか。それを確認することも今回の目的の一つだ。
「……クソ。何を盗まれたんだ?」
苛立ったように呟きながら、私はさらに室内を探る。
しかし――。
「……」
おかしい。
一通り確認してみたものの、明らかに持ち去られたと思える物が見当たらない。
もちろん、私自身は半分以上が演技だ。それでも、本当に何が盗まれたのか分からないという事実には、さすがに驚きを隠せなかった。
何かを盗むために侵入したのなら、目的の物があるはずだ。
なのに、その痕跡が見えない。
「……」
私は一度、室内を見渡した。
犯人がまだ潜んでいる可能性を考えれば、ここで焦ってはいけない。
ならば、今できることをするまでだ。
私は机の下へと屈み込み、隅々まで視線を走らせた。
埃の上に残された足跡。
衣服や身体から移った僅かな臭い。
魔力の残滓。
どれだけ些細な痕跡であろうと、見落とすつもりはない。
もし侵入者が学園関係者なら、これらの情報を組み合わせることで、ある程度まで絞り込むことができる。
逆に外部の人間だった場合は、特定する難易度が一気に跳ね上がる。
とはいえ――。
わざわざ学園内にあるこの部屋へ侵入し、盗みを働いたということは、ここに目的の物があると知っていた可能性が高い。
そう考えれば、どうしても一つの可能性が浮かんでくる。
――内部の人間。
「……できれば、考えたくはないんだけどね」
小さく呟きながら、私は机の下をさらに確認する。
しかし、そこにも目立った痕跡はない。
「……ここも特にないか」
私はゆっくりと身体を起こした。
成果はなし。
少なくとも、今のところは。
一応、マートス君の開発によって監視用の魔道具――いわゆる監視カメラも設置されている。
だが、隠密系の魔法や魔道具を使われていた場合、それだけでは完全に追跡することはできない。
だからこそ、私は別の手を打っておいた。
確認だけでもしておこう。
そう思い、机の下から出ようとした――その時だった。
ガンッ!
「んなっ!?」
扉の向こうから、何かにぶつかったような鈍い音が響いた。
続いて、小さな声。
「……くっそ」
私は動きを止めた。
そして、口元をわずかに緩める。
「……ふぅ」
思わず、安堵の息が漏れた。
どうやら――ようやく尻尾を出してくれたらしい。
私は机の下から立ち上がり、ゆっくりと扉へ視線を向ける。
実は、この部屋へ入る前に一つだけ仕掛けをしておいた。
扉の外側。
そこに、重石代わりの机を置いてある。
もちろん、普通に扉を開けようとしただけなら、そう簡単には動かせない程度の重さだ。
後夜祭や打ち上げが始まる時間帯。
この辺りを通る生徒や教師はほとんどいない。
だからこそ使えた、単純な罠。
犯人がこの部屋に潜んでいたのなら、逃げるためには必ずこの扉を通らなければならない。
そして――。
「……見つけた」
私は静かに扉へ歩み寄った。
「想像せよ。悪事を働く不届き者を制する捕具を――」
片手を前へ伸ばす。
魔力を集中させ、狙いを扉の向こうへ定めた。
「【拘束】」
瞬間。
不可視の拘束魔法が扉の向こうへと放たれる。
「がっ!?」
短い悲鳴。
何かが地面に倒れ込む音がした。
「……っ」
どうやら命中したようだ。
姿を隠していたとしても、拘束してしまえば関係ない。
魔法によって身体の自由を奪われたことで、相手を覆っていた隠密の効果も維持できなくなったのだろう。
やがて、そこにいた人物の姿が露わになる。
私は扉を開け、その人物を見下ろした。
そして――思わず目を見開く。
「……これは、驚いたね」
まさか。
こんなところで、こんな人物が出てくるとは思わなかった。
それでも私は、できる限り普段通りの穏やかな声音を作る。
「やあ。こんなところで何をやっていたのかな?」
拘束された少年は、気まずそうに顔を歪めている。
その顔には、見覚えがあった。
魔法学園一年。
普段は騒がしく、少々落ち着きに欠けるところもあるが、決してこのようなことをする生徒だとは思っていなかった。
だからこそ、驚きも大きい。
「……ギリスケ・アンドリューズ君」
私の口から、その名前が静かに零れた。
犯人として姿を現したのは――まさかの一年生、ギリスケ・アンドリューズだった。




