第11章ーおまけ7
俺がそう口にした瞬間――。
「…………」
グッドさんとリーズさんの表情が、ぴたりと止まった。
「ッ!? サダメ?」
隣にいたミオも、驚いたように俺を見る。
……やっぱり。
言葉の選び方を間違えたかもしれない。
自分でも、随分と冷たいことを言ったと思う。
息子が捕まった。
それを、その親である二人に向かって「良かった」なんて言うんだから。
普通に考えれば、そんなことを言われて嬉しいはずがない。
だからこそ、俺は慌てて言葉を続けた。
「いや……もちろん、捕まったこと自体が良かったって意味じゃないです」
「…………」
「ただ……もし、あのまま捕まらずにいたら」
そこで一度、言葉を止める。
脳裏に浮かんだのは、入学試験の日の光景だった。
バッドとロンドがミオに絡んでいた。
そして俺を殺そうとしていた。
あの時、もし俺が間に合っていなかったら。
もし、二人を止めることができなかったら。
「……もっと酷いことになっていたと思うんです」
声が、少しだけ重くなる。
「俺が止められなかったら、あいつらは本当に人を殺していたかもしれない」
「…………」
「そうなっていたら……もう、取り返しがつかなかった」
人を傷つけることと、人を殺すこと。
その間には、とても大きな壁がある。
一度越えてしまえば、どれだけ後悔しても元には戻れない。
だから。
「捕まったことで、二人も自分達が何をしていたのか考える時間ができたんじゃないでしょうか」
俺はそう言った。
牢の中であれば、少なくとも誰かを傷つけることはできない。
そして、自分達が何をしてきたのかを振り返る時間もある。
それは決して楽な時間じゃないだろう。
むしろ、自分自身と向き合わなければならない分、辛い時間になるかもしれない。
でも――。
「……グッドさん達も、息子さん達と向き合う時間ができたんだと思います」
俺は二人を真っ直ぐ見つめる。
グッドさんも、リーズさんも何も言わない。
ただ、俺の言葉を黙って聞いていた。
「今まで、仕事とか色々あって、ちゃんと向き合えなかったんですよね?」
「…………ああ」
グッドさんが、小さく頷いた。
「だったら……」
俺は少しだけ息を吸う。
ここから先は、俺が口を出していいことなのか分からない。
二人の家庭の事情なんて、俺には何も分からない。
親子の間に、どんな出来事があったのかも知らない。
だから、偉そうなことを言うつもりはない。
それでも――。
「……まだ、やり直せるんじゃないですか?」
「…………」
二人の目が、僅かに揺れた。
「遅すぎたのかもしれません。もっと早く、そうするべきだったのかもしれない」
俺自身も、それは分かっている。
もっと早く気付いていれば。
もっと早く話をしていれば。
もっと早く手を差し伸べていれば。
そんな「もしも」を考え始めたら、きっときりがない。
けれど――。
「少なくとも、今こうして後悔してるなら……まだ間に合うと思います」
俺は、二人の目を見て言った。
「だって、本当にどうでもいいなら……わざわざ俺達に謝りになんて来ないですよね?」
「…………」
「自分達が悪かったって認めるのも、きっと簡単なことじゃないと思います」
グッドさんの唇が、僅かに震えた。
「俺への償いはいりません。その代わりと言ってはなんですけど……」
俺は少しだけ笑う。
「息子さん達とちゃんと向き合ってあげてください」
「…………っ」
グッドさんが、目を伏せる。
その肩が、小さく震えていた。
隣のリーズさんも、唇を噛み締めながら俯いている。
俺は、それ以上何も言わなかった。
俺に言えるのは、ここまでだ。
これから先、どうするのかを決めるのは、この二人とバッド、そしてロンド自身だ。
俺が代わってあげることなんてできない。
ただ――。
やり直すための時間が、まだ残っているのなら。
それを無駄にしてほしくはなかった。
しばらくして。
「…………ありがとう」
グッドさんが、ぽつりと呟いた。
先ほどまでの威厳のある声とは違う。
どこか弱々しく、それでも確かな意志を感じる声だった。
「君にそんなことを言ってもらえるとは思わなかったよ」
「いえ……俺も、偉そうなこと言っちゃってすみません」
「そんなことはない」
グッドさんは首を横に振った。
そして――。
「君の言葉を、無駄にはしない」
そう言って、今度はまっすぐ前を向いた。
その隣で、リーズさんも静かに頷く。
俺は二人の姿を見ながら、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。
……これでいいのかな。
正直、自信はない。
俺は二人の家庭について何も知らない。
親になったこともない。
だから、俺の言葉が本当に正しかったのかなんて分からない。
ただ。
誰かが間違えてしまったとしても。
その間違いに気付くことができたのなら――。
そこから先を変えることくらいは、できるんじゃないだろうか。
「…………」
ふと、そんなことを考える。
家族。
血の繋がった人達。
近くにいるのが当たり前で。
大切なのが当たり前で。
だからこそ、失った時に初めて、その大きさに気付くこともある。
俺には、それが少しだけ分かる気がした。
……家族って。
「……難しいな」
誰にも聞こえないほど小さな声で、そう呟く。
けれど。
難しいからこそ――。
諦めちゃいけないのかもしれない。
俺はそう思いながら、二人の姿を静かに見つめていた。




