第11章ーおまけ6
「……え、えーっと……」
何が何だか、さっぱり分からなかった。
頭を下げているグッドさんとリーズさんを交互に見ながら、俺はただ立ち尽くす。
一体、どうなっているんだ?
さっきまで俺は、この二人がバッドとロンドの親だと知って、何か仕掛けてくるんじゃないかと警戒していた。
貴族の権力を使って圧力を掛けてくるかもしれない。
息子達への報復として、俺達に何かしてくるかもしれない。
そんな最悪の展開まで考えていた。
なのに――。
「君達に大変な無礼を働いたこと。あの子達に代わって、謝罪させてもらいたい。本当に申し訳ない」
グッドさんは、深々と頭を下げたままそう言った。
「…………」
予想外すぎて、何も言えない。
少し遅れて、隣にいたリーズさんも同じように頭を下げた。
「私からも謝らせてください。本当に……申し訳ありませんでした」
「…………」
まさか。
本当に、謝るために俺達を呼び止めたのか?
俺とミオは顔を見合わせる。
ミオも俺と同じように戸惑っているのか、何とも言えない表情を浮かべていた。
そんな俺達を見ながら、グッドさんが静かに口を開く。
「あの子達は、以前から色々と問題を起こしていたみたいでね」
「問題……?」
「先日、魔薬の所持と密売が発覚して、騎士団に捕まってしまったよ」
「ッ!?」
思わず息を呑んだ。
魔薬。
その言葉自体は知っている。
魔力や精神に悪影響を及ぼす危険な薬物だ。
まさか――。
「……あいつら、そこまでやってたのか」
俺が入学試験で遭遇した時だって、十分すぎるほどの問題児だった。
ミオにしつこく絡み。
俺を殺そうとして。
それだけでも十分に許されない行為なのに。
まさか薬物の所持や密売までやっていたなんて。
いくら貴族だからといって、犯罪まで揉み消せるわけではなかったらしい。
「仕事が忙しくてね。あの子達に構っている暇がなかったんだ」
グッドさんは、どこか自嘲するように笑った。
「教育についても、家庭教師やメイドに任せきりだった。もちろん、最低限の教育は受けさせていたつもりだよ。だが……あの子達にとっては、そんなものでは足りなかったのかもしれない」
「……」
リーズさんも、悲しそうに目を伏せる。
「思い返してみれば、私達は親でありながら、あの子達にちゃんと向き合ってあげられていなかったのでしょうね」
「…………」
「どれだけ忙しかったとしても、子供からすればそんな事情は関係ありません。自分達の親が、自分達を見てくれない。それが少しずつ不満として積み重なっていったのだと思います」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
「そして、その不満が積もりに積もった結果……あの子達は、あんな非行に走ってしまった」
グッドさんの声が、少し震える。
「それが次第にエスカレートして、犯罪にまで手を染めてしまった。あの子達が捕まったと聞いた時、私達はようやく気付かされたんだ」
そこで一度、言葉を切る。
「……あの子達に必要だったのは、教育だけではなかったのではないかと」
「…………」
「親として、もっと愛情を注いでやるべきだったのではないかと」
胸の奥が、少しだけ苦しくなった。
この二人は、自分達のことを責めている。
親として子供に構ってやれなかった。
もっと向き合ってやるべきだった。
そのことを、息子達が犯罪にまで手を染めた今になって、痛いほど後悔しているのだろう。
「レールステン君」
「はい」
グッドさんが俺を見る。
その目には、先ほどまでの威厳などなかった。
ただ、息子を案じる一人の父親の顔があった。
「試験の時、あの子達を止めてくれてありがとう」
「…………」
「もし、あの時君が止めてくれていなかったら……」
グッドさんは一度言葉を詰まらせる。
「人殺しまでしてしまっていたら、本当に取り返しのつかないことになっていただろう。それだけは……せめてもの救いだったよ」
俺は、あの入学試験の日を思い出す。
バッドとロンドがミオに危害を加えようとしていた。
俺を殺そうとしていた。
だから俺は、二人を止めた。
あの時は、ただ目の前の二人をどうにかしなきゃと思っていただけだ。
まさか、その行動が彼らの人生そのものを変えることになるなんて、考えてもいなかった。
「それと……何度も言うが、本当に申し訳なかった」
グッドさんは再び頭を下げる。
「私達の立場も、これから少し危うくなるかもしれない。だが、それも私達の怠慢に対する罰だと思っている。逃げるつもりはない」
リーズさんも続ける。
「もちろん、あなたにも何らかの形で償いをさせていただきたいと思っています。あの子達があなたにしたことを、なかったことにはできませんから」
「…………」
二人は真っ直ぐに俺を見つめた。
そして、もう一度深々と頭を下げる。
そんな二人を見ていると、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。
……この人達に、どこまで罪があるんだろう。
もちろん、親として子供に構ってあげられなかったことは、二人自身も後悔している。
でも、だからといって、バッドとロンドがやったことまで全部この二人の責任だとは思えない。
親が忙しかった。
寂しかった。
愛情が足りなかった。
それが、子供達の非行に繋がった可能性はある。
だけど――。
「…………」
最後に罪を犯すことを選んだのは、あの二人自身だ。
親に愛されなかったからといって、誰かを傷つけていい理由にはならない。
そのことだけは、俺も分かっている。
ただ。
グッドさん達の話を聞いていて、一つだけ思ったことがあった。
子供からすれば、親が忙しいなんて事情は関係ないのだ。
どれだけ立派な仕事をしていても。
どれだけ家族のために頑張っていたとしても。
子供が「自分は見てもらえていない」と感じてしまえば、それはその子にとって紛れもない現実になる。
俺には子供がいないから、本当の意味で親の気持ちを理解することなんてできない。
でも――。
この二人が今こうして自分達の非を認めていることだけは、嘘じゃないように思えた。
「……あの」
俺は、頭を下げたままの二人に声を掛ける。
「ん?」
グッドさんが顔を上げた。
「俺がこんなこと言うと、失礼になっちゃうかもしれないんですけど……」
言葉を選ぶ。
何と言えばいいのか、少し迷った。
でも。
これだけは、ちゃんと伝えておきたかった。
「二人が捕まって、良かったと思います」




