第11章ー119
「大丈夫かい!? アラガ君!」
気づけば私は、審判としての立場も忘れて駆け出していた。
観客席へ試合の状況を説明することも、実況席へ結果を伝えることも、今はどうでもいい。
目の前で吹き飛ばされた生徒を、一刻も早く確認しなければならない。
「……うっ……ぅぅ……」
地面に倒れ込んでいるアラガ君へ駆け寄り、すぐさま容態を確認する。
口元には血が滲んでいる。
身体にもかなりの負荷がかかった痕跡が見られる。
だが――。
「……」
私は彼の身体を注意深く観察する。
魔力の流れ。
筋肉の緊張。
呼吸。
外傷。
どうやら、全身に魔力を巡らせている。
部分魔力強化か。
おそらく、レールステン君の攻撃を受ける直前に、防御のために身体を強化したのだろう。
それが功を奏したらしい。
呼吸はある。
意識も完全に失っているわけではない。
見た目ほど深刻な状態ではなさそうだ。
……もっとも。
「この両目は……」
私はアラガ君の顔へ視線を向ける。
両目の状態が明らかにおかしい。
魔眼を酷使した影響だろうか。
先ほどまでの戦闘を考えれば、身体への負担は相当なものだったはずだ。
今後、何らかの後遺症が残らなければいいが――。
今ここで判断できることではない。
「救護班! 急いで担架を!」
私は声を張り上げる。
すると、すでに待機していた救護班の二人がこちらへ駆け寄ってきた。
「はい!」
「急いで!」
二人が手際よく担架を用意し、アラガ君を乗せる。
「とりあえず、命に別状はなさそうだ。あとは医務室で詳しく診てもらってくれ」
「了解しました!」
アラガ君を救護班へ託す。
これで、ひとまず一人は大丈夫だ。
……なら、残るは。
「レールステン君……!」
私はすぐさまリングへ視線を向ける。
いつの間にか、魔導結界は完全に消失していた。
先ほどまでリング全体を覆い尽くしていた分厚い氷も、猛烈な吹雪もない。
そして、その向こうに――。
「……いた」
人影が一つ。
私はその姿を確認した瞬間――。
「ッ!?」
思わず足を止めかけた。
赤い。
全身を覆う、真っ赤な鎧。
炎を思わせる装甲。
さらに、背中には見慣れない噴射口まで取り付けられている。
「あれが……レールステン君?」
一瞬、誰なのか分からなかった。
もちろん、状況を考えれば彼以外にあり得ない。
アラガ君がリング外へ吹き飛ばされ、結界の中から出てきたのがあの少年なのだから。
それでも――。
「変わりすぎだろ……」
思わず本音が漏れる。
私が知っているレールステン君は、もっと普通の少年だった。
いや。
普通と言うには色々と規格外ではあるが、それでも少なくとも、あんな真紅の鎧を身に纏った姿ではなかった。
だが、そんなことを気にしている場合ではない。
私は急いでリングへ駆け上がる。
「レールステン君……だよね!?」
念のために声を掛ける。
「大丈夫だったかい!?」
返事は――。
「はあ……はあ……はあ……」
荒い呼吸だった。
膝を曲げ、身体を支えながら、どうにか立っている。
見たところ、意識はある。
命に別状はなさそうだ。
だが――。
「……かなり消耗しているな」
近づけば、その状態がよりはっきりと分かった。
肩を大きく上下させ、息をするだけでも苦しそうだ。
鎧に隠れて表情こそ見えないが、余裕など微塵もない。
私はすぐに身体の状態を確認しようとする。
「レールステン君。身体に何か異変はないか? どこか痛む場所は――」
「はあ……はあ……あ、あの……」
だが、私の言葉を遮るように、彼が口を開いた。
「試合の……方は……?」
「……」
一瞬、言葉を失った。
こんな状態になってまで。
自分の身体よりも、まず試合の結果を気にするのか。
私は思わず、彼の顔――正確には、鎧に覆われた頭部を見る。
目は見えない。
それでも、その言葉から彼が何を気にしているのかは分かった。
アラガ君はどうなったのか。
そして――自分は勝ったのか。
私は、ふと後方へ視線を向けた。
そこには、エンドレッド理事長が立っている。
私と目が合う。
「……」
理事長は何も言わなかった。
ただ――。
小さく、頷いた。
「……そういうことか」
私は、その意図を理解する。
ならば。
ここは私の仕事だ。
私はインカムへ手を伸ばす。
そして、マイクのスイッチを入れた。
会場全体へ声を届けるために、大きく息を吸う。
『――只今の試合!』
一瞬、会場が静まり返る。
『アラガ選手のリングアウトにより――』
私はリング上に立つ少年へ視線を向ける。
真紅の鎧を纏い、今にも倒れそうになりながらも、どうにか立ち続けている少年。
この少年は――。
最後まで諦めなかった。
『勝者――!』
声を張り上げる。
『サダメ・レールステン!!』
瞬間。
会場が大きく湧いた。
歓声。
驚き。
安堵。
様々な感情が入り混じった声が、一気に会場中へ広がっていく。
私はその声を聞きながら、改めてリングを見つめる。
「……終わったか」
長かった。
本当に、長い戦いだった。
魔導結界が発動してから、十分以上。
その間、私たちは中で何が起きているのかさえ確認できなかった。
それでも二人は戦い続けた。
そして最後にリングへ立っていたのは――サダメ・レールステン。
私は改めて、その事実を胸の中で噛み締める。
まさか。
ここまでの結末になるとは思っていなかった。
アラガ君が作り出した、絶対的とも思えた氷の世界。
その中で追い詰められながらも、レールステン君は最後まで食らいついた。
そして――。
最後には、あのアラガ君をリングの外へ吹き飛ばした。
これは、予想外なんて言葉では片付けられない。
「……本当に、とんでもない生徒だよ」
私は小さく息を吐く。
だが――。
「まずは、二人とも休ませないとな」
勝敗が決まったからといって、これで全てが終わったわけではない。
二人とも限界まで戦ったのだ。
今は何より、身体を休ませることが先だ。
私はそう考えながら、再びリング上のレールステン君へ視線を向けた。
彼はまだ、そこに立っている。
いや――。
正確には、立っているだけで精一杯なのだろう。
それでも倒れない。
その姿を見て、私は思う。
この少年は、また一つ大きな壁を越えたのかもしれない。
そして――。
この魔闘祭は、誰も予想していなかった結末を迎えることとなった。
――準決勝第二試合。
× アラガ
対
〇 サダメ・レールステン
――転生勇者が死ぬまで、残り3873日




