第11章ー118
「……くそ。中はどうなっている?」
魔導結界が発動してから、すでに十分以上が経過していた。
リングを完全に覆い尽くす、分厚い氷の結界。
その表面には絶え間なく冷気が流れ込み、無数の氷が幾重にも重なっている。
中の様子は、まったく見えない。
当然、観客席からも何も確認できず、会場全体が異様な静けさに包まれていた。
誰もが固唾を呑み、結界の向こう側へ視線を向けている。
私も同じだった。
審判という立場上、試合の進行を冷静に見守らなければならない。
そう頭では分かっている。
だが――。
「理事長。本当に、このままで大丈夫なのでしょうか?」
隣にいるエンドレッド理事長へ声を掛ける。
「この結界が展開されてから、もう十分以上ですよ? アラガ君は……まあ、自分で発動した結界ですから、それほど問題はないでしょうが……」
そこまで言って、私は口を噤んだ。
言葉にするのを躊躇った。
「レールステン君の方は……」
その先を、どうしても言えなかった。
魔導結界。
術者にとって有利な環境を作り出すための特殊な結界。
そして、今のアラガ君が展開しているものは――見るからに氷属性。
外側にいる私ですら、結界から漏れ出してくる冷気を感じ取れる。
ならば。
その内部は、一体どれほどの環境になっている?
想像するだけで身体が震えそうになる。
猛烈な吹雪。
極端な低温。
視界を奪うほどの雪。
そんな環境の中で、レールステン君は戦っている。
いくら彼が炎魔法を扱えるとはいえ、限度がある。
十分。
いや、もう十分以上だ。
これだけの時間をあの結界の中で過ごしているのなら――。
「……まさか」
嫌な想像が頭を過ぎった。
もし、すでに倒れていたら?
もし、寒さに耐え切れず意識を失っていたら?
最悪の場合――。
命を落としている可能性すらある。
「……いや。彼ならまだ大丈夫だ」
私の不安を察したのか、エンドレッド理事長が静かに口を開いた。
「結界が解けていないということは、まだ決着がついていないはずだ」
「……ッ!」
その言葉に、私はハッとする。
確かに。
言われてみれば、その通りだった。
アラガ君が勝利したのであれば、わざわざ魔導結界を維持し続ける必要はない。
逆も同じだ。
レールステン君が勝ったのであれば、結界は解除されているはず。
つまり――。
「……まだ、戦っている」
「そういうことだね」
私は結界を見つめる。
見えない。
何も分からない。
それでも、あの二人は今も中で戦っている。
そう考えると、胸の奥が締め付けられるようだった。
「……ですが、いつまで続くのでしょうか?」
私は不安を隠せずに問い掛ける。
「彼らがまだ戦っているとしても、この環境で長時間戦闘を続ければ……身体への負担が大きすぎます」
「うむ」
理事長も険しい表情を浮かべた。
「それだけは、私も懸念している」
当然だ。
試合だからといって、選手の命まで賭けていいわけではない。
特に今回は、普通の決闘とは違う。
あの魔導結界は、外側から簡単に干渉できるような代物ではない。
無理に破壊しようとすれば、結界そのものが暴走する可能性もある。
下手に手を出せば、内部にいる二人を危険に晒しかねない。
だからこそ――。
「……何もできない、というのか」
思わず拳を握り締める。
審判として。
教師として。
私は、あの二人を見守ることしかできない。
「どうする……?」
何か方法はないのか。
結界を安全に解除する方法は。
中の二人を確認する方法は。
せめて、レールステン君が無事だと確認できる方法は――。
必死に考えていた、その時だった。
――パリィィィン!!
「「ッ!?」」
突然、会場全体に甲高い破砕音が響き渡った。
「なっ!?」
私も理事長も、反射的に音のした方へ振り向く。
直後。
バキバキバキッ!!
リングを覆っていた氷の結界に、大きな亀裂が走った。
「結界が……!」
次の瞬間――。
パァァァン!!
巨大な氷の壁が内側から弾け飛んだ。
無数の氷片が宙を舞う。
観客席からも、一斉にどよめきが上がった。
「何が起きた!?」
私は目を凝らす。
その瞬間だった。
結界の破片と共に――。
「……誰か、飛び出した!?」
人影が勢いよく外へ放り出される。
その身体は地面を転がり、リングの外へと飛ばされていった。
「まさか……!」
私は目を見開く。
誰だ?
レールステン君か?
それとも――。
「……アラガ君!?」
飛び出してきた人物の姿を確認した瞬間、思考が止まった。
――アラガ君。
魔導結界を展開していた、本人だった。




