第11章ー113
「白雪の息吹よ、銀氷の世界で吹き荒れろ!」
「ッ!?」
アラガが詠唱を始めた。
どうやら、ここからさらに全力を出し切るつもりらしい。
その瞬間だった。
――ゴォォォォォッ!!
周囲を荒れ狂っていた猛吹雪が、さらに勢いを増した。
「……ッ!」
思わず目を細める。
いや……違う。
ただ吹雪が強くなっただけじゃない。
**視界そのものが、白に塗り潰されていく。**
ほんの数秒前まで辛うじて見えていた景色が、みるみるうちに雪と氷の向こうへ消えていく。
「抗う者は全て凍て尽くし、この世を月白に染め直せ!」
詠唱を続けるアラガの姿だけは、どうにか薄っすらと捉えることができた。
だが――その姿を見て、俺は思わず息を呑んだ。
左目は真っ赤に充血している。
そして、魔眼である右目。
そこには尋常ではないほど血管が浮き上がり、まるで目そのものが内側から破裂しそうなほど赤黒く染まっていた。
「……おい」
思わず声が漏れる。
よく見れば、アラガの身体も小刻みに震えていた。
寒さに震えている……だけじゃない。
あれは――**身体そのものが限界を訴えている震えだ。**
魔眼によって無理やり引き上げられた膨大な魔力量。
そして、この魔導結界を維持するために消費し続けている大量の魔力。
その二つが、アラガの身体を確実に蝕んでいる。
人魔。
普通の人間よりも強靭な肉体を持っているのは間違いない。
けど――それでも、完全な化け物ってわけじゃない。
肉体そのものは、人の身体なんだ。
だからこそ、限界はある。
俺だって、炎の魔力を全身に流している今の状態が、決して安全じゃないことくらい分かっている。
これ以上無理を続ければ、身体が耐えられなくなる。
最悪の場合――死ぬ。
「……やめろ、アラガ」
思わず呟く。
敵だ。
俺とこいつは、今まさに殺し合う勢いで戦っている。
それでも――目の前で自分の力に身体を食い潰されようとしている奴を、黙って見ているなんてできなかった。
「その詠唱、止めろ!」
俺はアラガへ向かって駆け出そうとした。
だが――。
「万物は氷原と化せ!」
「ッ!?」
間に合わない。
アラガの詠唱が、完成する。
「【白氷世界】!!」
――ドォォォォォンッ!!
次の瞬間。
荒れ狂っていた猛吹雪が、一気に爆発した。
「ぐおっ!?」
身体が大きく煽られる。
まるで巨大な壁そのものが正面から突っ込んできたような、とてつもない風圧だった。
雪が雹のような勢いで全身へ叩きつけられる。
ゴツッ、ゴツッ、ゴツッ――。
細かな雪や氷の粒が紅蓮の鎧にぶつかり、鈍い音を響かせていた。
「……っ、すげえ風だな」
鎧のおかげで痛みはほとんど感じない。
これが普通の防具だったら、雪や氷が身体に叩きつけられるだけでもかなり鬱陶しかっただろう。
ましてや、鎧すら身に着けていない状態なら……考えたくもない。
だが――。
「……ん?」
そこで、妙な違和感を覚えた。
身体そのものではない。
鎧だ。
太陽の魔力を全身へ流し込んでいるはずの紅蓮の鎧が――。
「……白く、なってる?」
鎧の表面が、徐々に白く染まっていた。
最初はほんの僅かな変化だった。
けれど、時間が経つにつれて白いものが広がっていく。
まるで雪が積もっているような……いや。
違う。
**凍っている。**
「なっ……!?」
思わず目を見開く。
さっきまでなら、鎧に触れた雪なんて一瞬で溶けていた。
太陽の魔力が持つ圧倒的な熱量。
それによって、アラガの氷ですら寄せ付けないはずだった。
なのに――。
その太陽の魔力を流している鎧が、凍り始めている。
「マジかよ……!」
太陽の魔力すら、凍らせるっていうのか!?
だったら、このまま呑気にしているわけにはいかない!
「【上限解放・貮】!」
俺は慌てて背中の太陽の紋章へ力を込め――。
――ガゴンッ!!
太陽が、一段階回転する。
その瞬間。
「……ッ!」
全身を駆け巡っていた太陽の魔力が、一気に増幅した。
身体の奥から熱が噴き上がる。
紅蓮の鎧が眩いほどの熱を放ち、表面に付着していた氷が一気に溶け落ちていく。
「よしっ!」
なんとか凌げた。
……けど。
これは、かなりマズい。
【上限解放・貮】まで使って、ようやく凍結を防げた。それも長くは続きそうにないが。
つまり――。
**このまま長期戦になれば、俺の方が先に凍らされる。**
だったら、やることは一つしかない。
「もたもたしてる暇は……ねえな!」
俺は拳を強く握り締める。
拳の周囲へ、太陽の魔力を集中させる。
紅蓮の光が拳へ集まり、周囲の雪を一瞬で蒸発させていく。
身体の奥底から、力が湧き上がってくる。
アラガは限界を超えてでも、この魔法を完成させた。
なら俺も――ここで躊躇している場合じゃない。
「だったら……こっちも全力で行く!」
白銀の世界の向こう。
薄く見えるアラガへ視線を向ける。
あいつの身体は、もう限界に近い。
だからこそ――。
**次の一撃で、決める。**
「待ってろよ……アラガ!」
拳に込めた太陽の魔力が、さらに膨れ上がる。
――灼熱の炎と、極寒の氷。
正反対の二つの力が、真正面からぶつかり合う。
その決着をつけるために――俺は、拳を構えた。




