第11章ー112
――何を言ってやがる。
そう思った。
これで終わり?
俺を止める?
冗談じゃねえ。
そう吐き捨ててやるつもりだった。
だが――。
言葉が出てこない。
喉の奥で、声が引っ掛かっていた。
なぜなら。
目の前に立つ奴の姿が――あまりにも異様だったからだ。
「……なんだよ、それ」
思わず、そんな言葉が漏れる。
レールステンの背中から、炎が噴き出している。
轟々と燃え盛る炎。
それは下に大きく広がり、後方へ伸びていた。
その炎が絶え間なく噴射されるたび、奴の身体が僅かに浮き上がる。
そして――。
奴は地面に立っていなかった。
「空を……飛んでいる?」
違う。
正確には、炎を噴射することで身体を空中に留めている。
それくらいのことは、俺にも分かる。
だが――。
そんなことは、どうでもよかった。
問題は、こいつが今までとはまるで違う戦い方を始めたということだ。
俺が知っているレールステンは、こんな動きをしない。
地面を蹴る。
走る。
接近する。
そして――拳を振るう。
それが、ついさっきまでの奴だった。
なのに今は。
地面に立つ必要すらない。
自分の魔力を炎へ変え、その炎を推進力として空中を移動している。
しかも、あの炎はただの飾りじゃない。
奴の魔力が噴き出すたび、周囲の空気が震えている。
「……」
背筋を冷たい汗が伝う。
魔導結界の冷気とは、明らかに違う寒気だった。
嫌な予感がする。
今までの戦いで、俺は何度も奴を追い詰めた。
魔力量では俺が上。
ここは俺の魔導結界の中。
周囲に存在する氷は、俺にとって武器そのもの。
しかも、この結界が存在する限り、俺は魔法を使い続けることができる。
どれだけ奴が抵抗しようが、最後に立っているのは俺だ。
そう思っていた。
――いや。
そう思い込んでいた。
「……違う」
小さく呟く。
俺が戦っていたのは――。
「奴の……全力じゃなかったのか」
認めたくない。
そんなこと、認められるわけがない。
俺は今まで、奴を追い詰めているつもりだった。
もう少し。
あと少し耐えれば。
この男は必ず限界を迎える。
そう信じていた。
だが。
奴は限界を迎えるどころか――。
今になって、新しい力を引き出した。
魔力の質そのものを変え。
真紅の鎧を身に纏い。
俺の魔法を拳だけで砕き。
さらには、炎を推進力として空中を自在に動こうとしている。
「……くそ」
歯を食いしばる。
目の前にいるのは、もう俺が知っている人間じゃない。
真紅の鎧。
そして、背中から噴き出す炎。
まるで――。
「……怪物じゃねえか」
自分でも驚くほど、弱々しい声だった。
だが。
その直後。
俺は自分の頬を強く叩いた。
「……っ!」
何を弱気になってやがる。
俺は――。
俺は、こんなところで怯えるために戦っているんじゃない。
魔王を殺す。
そのために必要な力を手に入れる。
そのためなら、どれだけ憎まれようが、どれだけ化け物と呼ばれようが構わない。
勇者なんかに負けるわけにはいかない。
ましてや――。
こんなところで、折れてたまるか。
「……ふざけんな」
拳を握る。
指が食い込むほど強く。
恐怖が消えたわけじゃない。
目の前の奴が危険な存在だという認識も変わらない。
むしろ、さっきまでより遥かに危険だ。
だが――。
だからこそ。
俺も、出し惜しみなんてしている場合じゃない。
「……掛かって来いよ!!」
声を張り上げる。
吹雪の中へ、俺の声が響き渡る。
「……!」
レールステンがこちらを見る。
その視線を真正面から受け止める。
「確かに、さっきまでのお前とは違うみてえだな」
悔しい。
認めるのは癪だ。
だが、事実は事実だ。
俺の攻撃を簡単に砕き、空中まで自由に動き始めた。
今までと同じ戦い方じゃ、確実に押し切られる。
なら――。
こっちも変えるだけだ。
「だがな……!」
両手を大きく広げる。
魔導結界の中を駆け巡る氷の魔力が、俺の意思に呼応するように集まり始める。
ゴゴゴゴゴ……。
大地が震える。
空気中に存在する冷気すら、俺の魔力へと吸い寄せられていくようだった。
レールステンが僅かに目を細める。
当然だ。
ここからが――。
俺の本当の力だ。
今までは、まだ全力なんて出していない。
奴を倒すために必要な分だけ、魔法を使っていただけだ。
だが、もうそんな余裕はない。
この一戦で――。
全部出し切る。
「いいだろう……!」
口元が自然と吊り上がる。
怖い?
そんなもの、今さらだ。
相手が怪物だろうが何だろうが関係ない。
俺は――。
「さっきのお前の言葉通り、これで終わりにしてやるよ!!」
魔力をさらに解放する。
吹雪が荒れ狂う。
氷の大地が大きく揺れる。
魔導結界そのものが、俺の意思に応えるように唸りを上げる。
「俺の全力――」
目の前の真紅の鎧を睨みつける。
「見せてやるよ!!」
叫んだ瞬間。
俺の周囲に、これまでとは比較にならないほど膨大な氷の魔力が集結した。
――ここからが、本当の勝負だ。
俺はまだ負けていない。
この魔導結界の支配者は――。
俺だ。




