第11章ー110
「……ふう」
ゆっくりと息を吐き出す。
身体の調子を確かめるように、指を開いたり閉じたりする。
「……」
問題ない。
いや――問題ないどころか、今までとは比べものにならないくらい身体が軽い。
自分は今、【煉獅子《プルガオン・装炎獄《エクフレイリウム・誘灰武者】の鎧を身に纏っている。
そして、この鎧によって太陽の魔力を制御することにも成功した。
ならば。
この力が一体どれほどのものなのか。
確かめてみるしかない。
「……いくぞ」
背中へ意識を向ける。
そこに刻まれた巨大な太陽の紋様。
それを――ゆっくりと回転させる。
ギュルンッ。
太陽の紋様が一回転した。
その瞬間。
「……!」
身体が、ふっと軽くなった。
まるで――。
「エンジンが掛かったみたいだな」
思わずそんな感想が漏れる。
それまで身体の中にあった僅かな重さが、一気に消えていく。
筋肉が軽い。
関節も軽い。
身体全体が、自分の意思を待っていたかのように動きたがっている。
いや。
それだけじゃない。
全身に力が満ちてくる。
今まで身体の奥に眠っていた力を、一気に引き出したような感覚だ。
そして、それ以上に驚いたのが――。
「……熱くない」
太陽の魔力。
本来なら、あまりにも強大な熱量を持つこの魔力は、自分の肉体を内側から焼き尽くしかねない。
さっきまで実際に、そうなりかけていた。
だが今は違う。
鎧そのものが自分の身体の一部となっているおかげで、太陽の魔力を鎧へ流すことができる。
その結果、魔力によって肉体に掛かる負担が大幅に軽減されている。
さらに、鎧へ流れ込んだ太陽の魔力が装甲に熱を蓄えている。
その熱が身体を包み込むことで、魔導結界の極寒からも身を守ってくれていた。
「これなら……」
吹き荒れる猛吹雪を見渡す。
さっきまでは、一秒でも長くここにいれば命が削られていくような場所だった。
それが今では――。
「普通に動ける」
寒さを気にする必要もない。
太陽の魔力によって身体を焼かれる心配もない。
これなら、アラガの魔導結界の中でも自由に動き回れる。
だが――。いい部分は、それだけじゃない
自分はもう一度、拳を握り締める。
力がある。
今までとは明らかに違う。
さっき、アラガが放った無数の氷槍。
あれを、自分は拳だけで叩き折った。
避けたわけじゃない。
防御したわけでもない。
真正面から拳をぶつけて――全部、砕いた。
「……すげえ」
思わず、口から言葉が零れる。
これが――父の残した魔法。
これが、太陽の魔力。
そして。
これが、自分の新しい力。
「……」
拳を見つめる。
今までなら、絶対にできなかった。
もし以前の自分が同じことをすれば、氷槍を砕くどころか拳の方が砕けていた。
それだけじゃない。
腕だけで済む話じゃない。
身体全体が、その衝撃に耐えられず壊れていたはずだ。
なのに今は――。
「……何ともねえ」
拳を軽く振ってみる。
問題ない。
身体はちゃんと動く。
それどころか、まだまだ力が有り余っている。
「……お父さん」
思わず、そう呟く。
幼い頃に見た、あの背中。
あの時は何も分からなかった。
ただ、父が凄い人なのだと思っていた。
けれど、今なら少しだけ分かる気がする。
あの鎧が、あの動きを可能にしていた。
そして今、自分はその力の一端を受け継いでいる。
「……なんなんだ、お前は?!」
突然、怒鳴り声が響いた。
「……!」
顔を上げる。
アラガがこちらを睨んでいる。
その表情には、これまでとは明らかに違うものが浮かんでいた。
驚き。
困惑。
そして――焦り。
「魔眼の力もねえくせに……俺の攻撃を軽々と砕いたうえ、まだ余力を残してやがる」
奥歯を噛み締める音が聞こえてきそうなほど、悔しそうな顔をしている。
「一体、お前のどこにそんな力が……!」
「……」
アラガの問いに、少し考える。
正直に言えば――。
自分にも分からない。
なぜこんな力が出せるのか。
なぜこの鎧を再現できたのか。
なぜ太陽の魔力を扱えるようになったのか。
全部、偶然と直感の積み重ねだ。
父の記憶を思い出した。
そこから鎧をイメージした。
そして、命を懸けて太陽の魔力を作った。
ただ、それだけ。
「……ごめん」
自分は正直に答える。
「なんでかは、俺にも分からん」
「……は?」
アラガの眉が僅かに動く。
なんだか煽っているように聞こえる気がして、少し申し訳なくなる。
でも――。
分からないものは、分からない。
「いや、本当に分からんのだって」
自分でも、ここまでの力を発揮できるとは思っていなかった。
むしろ、太陽の魔力を作った時点で死ぬ覚悟をしていたくらいだ。
それが。
父の鎧を再現したことで、まさかここまで状況が変わるなんて。
「……けど」
自分は拳を握り直す。
さっきまでの戸惑いは、もうない。
自分がどうして強くなったのか。
この鎧がどういう仕組みなのか。
太陽の魔力が、どんな力なのか。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
分かったことは、一つだけ。
自分の中に――アラガを止められるだけの力がある。
それだけで十分だ。
「けど、分かったことは一つだけある」
「……あ?」
自分はアラガを真っ直ぐに見据える。
吹き荒れる吹雪。
その向こうに立つ、宿敵。
さっきまでなら、どうやっても届かなかった。
けれど今は違う。
拳を握る。
真紅の鎧が、低い音を立てて脈動する。
背中の太陽が、眩い光を放つ。
「この力さえあれば――」
一歩、踏み出す。
雪が大きく舞い上がった。
「お前を止められるってことだ!」




