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転生勇者が死ぬまで10000日  作者: 慶名 安
11章 魔闘祭編

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第11章ー108

 「はあ……はあ……はあ……」


 荒い呼吸が、白銀の世界へと溶けていく。


 ――魔導結界を発動してから、どれほどの時間が経った?


 自分でも分からない。


 ただ、これだけは確かだ。


 普通の人間なら、とっくに凍死していてもおかしくない。


 周囲を吹き荒れる猛吹雪。


 地面から突き出した無数の氷柱。


 気温は極限まで低下し、肌を晒していれば瞬く間に体温を奪われる。


 まともに呼吸することすら苦痛になるほどの冷気。


 この魔導結界の中では、時間が経てば経つほど相手の命が削られていく。


 それが、この結界の強みだ。


 だから――。


 「……まだ生きてやがるのか」


 視界は吹雪と氷柱に遮られている。


 それでも、魔力の流れだけは明確に感じ取れていた。


 サダメ・レールステン。


 奴は、まだ死んでいない。


 「……しぶとい奴だ」


 奴の身体から感じ取れるのは、炎の魔力。


 全身に魔力を巡らせ、無理やり身体を温めているのだろう。


 それによって、魔導結界の冷気に耐えている。


 なるほど。


 確かに、炎の魔力ならこの環境では相性がいい。


 だが――。


 「そんなもの、長く続くわけがねえ」


 あれだけの魔力を全身に流し続ければ、身体への負担は尋常じゃない。


 体温を維持するために魔力を使い続ける。


 そのうえ、俺との戦闘で受けた傷もある。


 もはや自分自身の魔力で、自分の身体を傷つけているようなものだ。


 いつまでも耐えられるはずがない。


 時間の問題だ。


 それでも。


 「……奴にだけは、死んでも負けねえ」


 拳を握り締める。


 サダメ・レールステン。


 あいつにだけは――絶対に負けるわけにはいかない。


 なぜなら。


 あいつは――。


 「勇者だからだ」


 吐き捨てるように呟く。


 勇者。


 かつて、この世界で希望の象徴と呼ばれた存在。


 人々を導き、魔物を討ち、世界に平和をもたらす者。


 そんなものが――今の世界に必要だと?


 「……笑わせるな」


 勇者は、もう必要ない。


 少なくとも俺は、そう思っている。


 魔王が存在する。


 そして、その魔王こそが、この世界に災厄を撒き散らしている元凶だ。


 それなのに勇者は何をした?


 魔王を殺すどころか、その居場所すら掴めていない。


 各地で発生する魔物を、その場その場で対処するだけ。


 確かに、人々を救っているのかもしれない。


 だが――。


 「そんな奴が、人類の希望だと?」


 冗談じゃない。


 ただ周囲から持ち上げられ、勇者という肩書きを与えられただけ。


 それだけの存在に、一体どれほどの価値がある?


 「俺は……そんな奴等とは違う」


 自分は勇者になるために戦っているわけじゃない。


 称賛されたいわけでもない。


 英雄として祭り上げられたいわけでもない。


 ただ一つ。


 魔王を見つける。


 そして――。


 「この手で殺す」


 それだけだ。


 それが、自分に課せられた宿命。


 そして――あの人達への贖罪でもある。


 「あの人達のためにも……俺は止まるわけにはいかねえ」


 胸の奥に、あの日の記憶が蘇る。


 失ったもの。


 守れなかったもの。


 自分の無力さを突きつけられた、あの日。


 その記憶は、今でも消えない。


 だからこそ。


 自分は魔王を殺す。


 それ以外に、自分が生きている意味なんてない。


 ――そう、思っていた。


 その時だった。


 「煉獄に誘いし炎獅子よ――」


 「……?」


 吹雪の向こうから、微かな声が聞こえた。


 意識をそちらへ向ける。


 何かを唱えている。


 詠唱?


 「……まだ魔法を使う余力があったのか」


 サダメの奴、何をするつもりだ?


 魔力の流れが変わっていく。


 「我に汝の永遠に燃ゆる炎で悪事滅却せし力を与え――」


 声が徐々に大きくなる。


 詠唱を続けている。


 魔法を撃つつもりか。


 だが――。


 「……無駄だ」


 魔導結界の中では、魔法による正面勝負ならこちらに分がある。


 奴がどれほど強力な炎魔法を放とうが、氷壁で防げばいい。


 そして、攻撃を受け止めた瞬間に反撃する。


 氷の柱を奴の死角から突き出せば、それで終わる。


 問題ない。


 「我と共に悪名轟く魔の種族に制裁を下さん――!」


 詠唱が終盤へ差し掛かる。


 俺は氷魔力をいつでも動かせるよう、意識を集中させた。


 次に来るのは炎。


 ならば、それを――。


 「悪逆無道、灰燼に帰せ――」


 その瞬間。


 「……なんだ?」


 違和感。


 ほんの僅かな変化だった。


 だが、魔力の流れを視認できる自分には、それがはっきりと分かった。


 サダメの魔力が――変わった。


 「……ッ!?」


 炎の魔力。


 間違いなく、それまで奴が使っていたものだ。


 だが、違う。


 何かが違う。


 性質が変化している。


 「なんだ、この魔力は……」


 炎なのに、炎じゃない。


 熱を感じる。


 だが、それまでの炎の魔力とは明らかに異質だ。


 もっと重い。


 もっと濃い。


 そして――眩しい。


 まるで、魔力そのものが光を内包しているような。


 「まさか……」


 一つの可能性が頭を過る。


 魔力の質を変化させた?


 そんな馬鹿な。


 魔力の質を変える。


 それがどれほど難しいことなのか、自分は身をもって知っている。


 人魔である自分ですら、魔眼を使わなければ成し得なかった。


 それを――。


 「人間のお前が……?」


 あり得ない。


 魔眼を持っているわけでもない。


 人魔ですらない。


 ただの人間。


 そのはずのサダメが、どうして――。


 「一体、何をしやがった……!」


 理解が追いつかない。


 頭の中で、警鐘が鳴り響く。


 何かがおかしい。


 今までの奴とは、明らかに違う。


 「――ッ!?」


 その時だった。


 奴の姿を隠していた巨大な氷柱に、亀裂が走る。


 ピシッ。


 小さな音。


 それが次第に大きくなり――。


 「……何だ?」


 氷柱が、内側から砕け散った。


 ――バキィィィン!!


 無数の氷片が宙へ舞う。


 吹雪の向こうから、何かが姿を現す。


 最初に見えたのは――赤。


 白銀の世界にはあまりにも不釣り合いな、鮮烈な赤。


 「……ッ!?」


 目を見開く。


 そこに立っていたのは、先ほどまでのサダメ・レールステンではなかった。

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