第11章ー107
「煉獄に誘いし炎獅子よ――」
昔の記憶を必死に掘り起こしながら、詠唱を口にする。
すると、不思議なことに――詠唱の方は思っていた以上にすらすらと出てきた。
父があの鎧を纏ったとき。
何を言っていたのか。
どんな言葉を紡いでいたのか。
十年も前の記憶だというのに、まるで昨日のことのように蘇ってくる。
自分でも少し驚いた。
だが、問題はここからだ。
詠唱は思い出せても、鎧の細部までは覚えていない。
何せ、あのとき自分が強烈に覚えていたのは――。
獅子。
そして、太陽。
その二つだった。
鎧そのものの形状や装飾なんて、今となっては曖昧だ。
十年前の記憶なのだから当然と言えば当然だろう。
重要なのは、鎧そのものを完全に再現することじゃない。
父があの鎧を纏ったことで、何が起きていたのか。
そこだ。
特に印象に残っているのが――背中の太陽の紋様。
あれが一回転した瞬間。
父の動きが、明らかに変わった。
まるで身体からリミッターを外したように、速度も、力も、一気に跳ね上がった。
あの紋様が何らかの魔力制御を担っていたのだとしたら?
だったら、そこだけは絶対に外せない。
獅子の頭も重要だ。
だが、それ以上に――。
背中に刻まれた、あの巨大な太陽。
あれを中心にする。
それ以外は、自分の記憶と想像で補えばいい。
どうせなら――。
十年前に見た父の鎧を完全に再現するのではなく、自分なりの鎧を作る。
丈夫で。
動きやすくて。
そして――カッコいい。
騎士団が身に纏っているような、重厚感のある鎧も悪くない。
だが、ああいうゴツゴツした鎧は、自分の好みじゃない。
もっとこう――。
無駄な装飾を削ぎ落とし、全体的に細身。
身体の動きを邪魔しない、鋭く洗練されたデザイン。
イメージは決まった。
あとは――創造するだけだ。
「我に汝の永遠に燃ゆる炎で、悪事滅却せし力を与え――」
詠唱を続ける。
同時に、頭の中で一つの鎧を描いていく。
まずは肩。
そこから腕へ。
胸部。
腹。
腰。
脚。
最後に――頭。
まるで見えない職人が自分の身体へ鎧を取り付けていくように、イメージした真紅の装甲が一つずつ形を成していく。
肩を覆う赤い装甲。
そこから伸びる、細く鋭い腕部。
胸元から腹部へと続く流線的な装甲。
腰から脚へ伸びる、動きを阻害しない軽装の造り。
そして頭部。
顔を覆う赤い兜が形成され、視界を確保するための細い隙間だけが残る。
自分の想像とはいえ、かなり格好いい。
少なくとも、自分の好みにはドンピシャだ。
だが、まだ終わりじゃない。
最後に――。
「我と共に、悪名轟く魔の種族に制裁を下さん!」
詠唱を重ねる。
その言葉に呼応するように、胸部の魔力が一気に膨れ上がった。
そして。
胸の中央に、巨大な獅子の頭部が現れる。
ただの獅子ではない。
炎のたてがみを持つ獅子。
真紅の炎が鬣のように燃え盛り、その眼には凄まじい熱が宿っている。
記憶の中にある父の姿と重なる。
あの獅子だ。
そして――最後。
背中へ意識を集中させる。
最も重要な部分。
太陽の紋様。
背中に巨大な円形の魔法陣が展開される。
その中心から、無数の光が放たれ、円周に沿って複雑な紋様が刻まれていく。
やがてそれは、一つの巨大な太陽へと姿を変えた。
真紅の鎧。
炎の獅子。
そして――太陽。
父が纏っていたものとは違う。
完全な再現ではない。
それでも。
これは紛れもなく――。
自分が父の記憶から作り出した、緋色の鎧だった。
ほんの一瞬だけ、胸の奥が熱くなる。
あの日。
自分が幼い頃に見た父の背中。
あまりにも強くて。
あまりにも眩しくて。
そして――もう二度と見ることができなくなった姿。
それが今、自分の身体に宿っている。
だったら。
受け継ぐしかない。
父が残したものを。
その想いを。
自分は拳を握り締める。
最後の詠唱を紡ぐ。
「悪逆無道――灰燼に帰せ!」
その瞬間。
背中の太陽が、眩い光を放った。
「【煉獅子《プルガオン・装炎獄《エクフレイリウム・誘灰武者】!!」
――ゴオオオオオオオオオッ!!
凄まじい炎が噴き上がる。
炎の奔流が自分の全身を包み込み、周囲の猛吹雪を一瞬で吹き飛ばした。
「……ッ!」
熱い。
だが――耐えられる。
さっきまでとは違う。
身体の内側から暴れ狂っていた炎の魔力が、まるで鎧によって制御されている。
魔力が流れる。
背中の太陽へ集まり、そこから全身へと循環していく。
まるで、鎧そのものが自分の魔力を受け止めているようだった。
「……成功、した」
思わず呟く。
完全ではない。
父と同じものでもない。
それでも――。
自分はとうとう、父の魔法を再現した。




