第11章ー100
「はあ……はあ……はあ……」
数分後。
俺は荒い息を吐きながら、再び身を低くしていた。
「……くそっ」
目の前を、巨大な氷の柱が塞いでいる。
その向こう側。
吹雪の中にぼんやりと浮かぶ人影へ視線を向ける。
アラガだ。
俺はあれから何度も、奴へ接近しようと試みている。
だが――。
「……またかよ」
ゴゴゴゴゴ……!
地面の奥から不気味な音が響いた。
反射的に横へ飛ぶ。
直後、俺がいた場所を突き破るようにして巨大な氷柱が突き出した。
「チッ!」
舌打ちしながら着地する。
まただ。
これで何度目になる?
アラガへ近づこうとするたび、地面から氷柱が生えてくる。
避ける。
走る。
また避ける。
それを繰り返しているうちに――。
「……マズいな」
周囲を見渡す。
最初にこの結界へ閉じ込められた時と比べ、明らかに景色が変わっている。
あちこちに巨大な氷柱が突き立っているのだ。
一本一本がデカい。
しかも、それが無数に生えている。
そのせいで、俺が動ける場所がどんどん狭くなっていた。
最初はある程度の広さがあったはずなのに、今では氷柱を避けながら進むだけでも一苦労だ。
このまま増え続ければ――。
「そのうち、逃げる場所すらなくなるぞ……」
冗談じゃない。
完全に動きを封じられれば、次に氷柱が飛び出した瞬間に避けることすらできなくなる。
そうなれば、俺の負けだ。
いや。
負けるだけならまだいい。
死ぬ。
確実に。
それだけじゃない。
「……見えねぇ」
目を細める。
吹雪が凄まじい。
魔導結界の中では、まるで終わることを知らないかのように猛吹雪が吹き荒れている。
冷気が容赦なく身体へ突き刺さり、視界を白く染めていく。
少し前までは、アラガの姿をはっきりと確認できていた。
だが今は――。
「……あそこか?」
吹雪の向こうに、かろうじて人影が見える。
それも、かなりぼんやりしている。
視界が悪すぎる。
距離感すら掴みにくくなってきた。
アラガが遠くなったように感じるのも、単純に視界が遮られているせいなのかもしれない。
「くそ……」
俺は腕で顔を覆う。
冷気が肌を刺す。
呼吸するたび、肺の奥まで凍りつきそうだ。
そして――。
「はあ……はあ……」
身体も、もう限界に近づいている。
当然だ。
この状態を維持するのは、これが初めてじゃない。
今日一日で、もう二度目だ。
体内の魔力を炎に変換したままのこの状態を、短時間のうちに二回も維持している。
身体にかかる負担は尋常じゃない。
腕が重い。
脚にも力が入らない。
呼吸をするだけでも苦しい。
「……マジで、キツいな」
それでも、解除するわけにはいかない。
この状態を解けば、俺の身体は一気にこの極低温へ晒される。
ただでさえ魔導結界の中は凍えるほど寒い。
こんな場所で防御手段まで失えば――。
「……凍死する」
冗談じゃない。
解除した瞬間、俺の身体がどこまで耐えられるか分からない。
だからこそ、一刻も早くこの結界から抜け出さなければならない。
だが――。
「くっ……!」
俺は拳を握り、身体に力を込める。
……入らない。
「……なんでだよ」
脚が思うように動かない。
身体が重い。
まるで全身に重りを括り付けられているような感覚だ。
理由なんて、分かり切っている。
「……魔力制限か」
試合前。
俺達には魔力の使用量を制限する魔法が掛けられていた。
大会のルール上、あまりにも強力な魔法を使えば試合そのものが成立しなくなるからだ。
そのせいで、今の俺は本来の半分程度の威力までしか魔法を使えない。
普段なら押し切れる攻撃でも、今は十分な威力を出せない。
ましてや、こんな状況だ。
強力な魔法を使って氷柱を一気に吹き飛ばそうとしても、制限のせいで思うように魔力を出せない。
身体は限界。
魔力も制限されている。
視界は吹雪で奪われている。
足場は氷柱によって徐々に狭くなっている。
そして、正面には俺を殺そうとしてくる魔導結界。
「……最悪だな」
思わず苦笑する。
ここまで不利な条件が揃うことなんて、そうそうないだろう。
いや。
もしかしたら――。
「……今までで一番ヤバいんじゃねぇか?」
自分で言っておいて、笑えなかった。
それでも、俺はアラガを見る。
吹雪の向こう。
小さく見える人影。
その姿を確認した瞬間、身体の奥に残った力を無理やり引き出す。
「……まだだ」
俺は倒れていない。
まだ動ける。
だったら――。
「まだ終わってねぇ」
状況が悪い?
そんなの、今さらだ。
身体が限界?
だったら、限界まで動けばいい。
魔法が半分しか使えない?
なら、残り半分でどうにかする。
問題は――どうやってアラガのところまで辿り着くかだ。
正面から近づけば、氷柱に殺される。
魔法で吹き飛ばそうにも、魔力制限がある。
吹雪のせいで、アラガの位置も正確には分からない。
しかも、このまま時間を掛ければ掛けるほど、俺の身体は限界へ近づいていく。
「……だったら」
俺は周囲を見渡した。
氷柱。
吹雪。
そして、魔導結界。
この状況を逆に利用する方法はないか。
アラガを倒す必要はない。
ただ、奴の意識を失わせればいい。
そのために必要なのは――。
「……あと一手だ」
俺は拳を握り締める。
身体は重い。
呼吸も苦しい。
それでも、思考だけは止めない。
ここで諦めたら、アラガも俺も終わる。
だったら――。
この最悪の状況の中から、無理やりでも活路を探し出す。
「待ってろよ、アラガ……」
吹雪の向こうにいる奴を睨みつける。
「絶対に、そこまで辿り着いてやる」
俺は再び、足を踏み出した。




