第11章ー99
「なっ……!?」
目の前に現れた巨大な氷柱を見て、思わず声が漏れる。
太い。
あまりにも太すぎる。
俺の足場とほとんど変わらないほどの大きさをした氷の柱が、地面を突き破るようにしてそびえ立っていた。
しかも、ただ巨大なだけじゃない。
先端は鋭く尖っている。
あれにまともに突き刺されたら、間違いなく致命傷だ。
「危ねぇ……!」
あと一瞬。
本当に、あと一瞬でも反応が遅れていたら。
俺の身体は、あの氷柱に貫かれていただろう。
着地した瞬間、背中を冷たい汗が伝っていく。
「……マジかよ」
荒い息を吐きながら、俺はゆっくりと振り返る。
ついさっきまで俺が立っていた場所。
そこには、巨大な氷柱が無情にも突き刺さっていた。
足場そのものを突き破って生えてきたようなその姿を見て、改めて実感する。
この魔導結界は、ただ外部から俺を閉じ込めるだけのものじゃない。
俺がアラガへ近づこうとすれば、それすらも察知して攻撃してくる。
「……そう簡単には、近づかせてくれないってわけか」
厄介すぎる。
これじゃあ、普通に走って近づくことすらできない。
俺が一歩でも踏み込めば、地面から氷が飛び出してくる。
それを避けながら進んだとしても、次は別の場所から攻撃が来るかもしれない。
この結界そのものが、俺を殺すための巨大な敵になっている。
「……くそっ」
思わず悪態を吐く。
だが――。
俺は、ふとアラガへ視線を向けた。
「はあ……はあ……はあ……」
「……」
荒い呼吸。
肩が大きく上下している。
そして――。
「ぐっ……!?」
アラガが苦しそうに顔を歪めた。
右目から溢れ出す異様な魔力。
その魔力は今も凄まじい勢いで周囲を満たしている。
けれど、その代償なのか。
アラガ自身の身体が明らかに限界へ近づいている。
「……やっぱり、そうなのか」
さっき映像で見た時もそうだった。
あの右目を開いた瞬間から、アラガは苦しそうな表情を見せていた。
今なら、それが気のせいじゃなかったことが分かる。
「……お前、相当無理してるだろ」
当然、返事はない。
アラガはただ、こちらを睨みつけている。
いや――。
睨みつけているというより、必死に耐えているように見える。
身体を蝕むほどの力を無理やり引き出して。
その力に自分自身が押し潰されそうになりながら。
それでも、俺を止めようとしている。
「……ったく」
思わずため息が漏れる。
ここまでされれば、普通なら怒るところなんだろう。
俺だって、殺されかけたんだ。
氷柱があと少しズレていたら、今頃俺の身体には大穴が空いていた。
それでも――。
「……お前を責める気には、なれねぇよ」
あんな顔を見せられたら、怒る気なんて起きるはずがない。
むしろ、早く止めなければならないと思う。
このまま戦わせ続けたら、俺が死ぬ前にアラガ自身が壊れる。
だったら――。
「だったら……」
俺は拳を強く握り直した。
真正面から近づけば、この結界が俺を殺しに来る。
それなら、別の方法を探すしかない。
氷柱を避ける。
攻撃を受け流す。
隙を見つける。
場合によっては、結界そのものを破壊する。
何でもいい。
アラガのところまで辿り着ければいい。
「……俺が、お前を止めてやる」
それが今の俺にできる唯一のことだ。
逃げるわけにはいかない。
ここで俺が逃げれば、アラガはこの力を使い続けることになる。
そうなれば、どうなる?
魔導結界が消えるまで戦い続けるのか。
それとも、力を使い果たして倒れるのか。
……最悪の場合、命を落とす可能性だってある。
そんな結末だけは、絶対に避けたい。
「だから……」
俺は一歩、前へ出る。
すると、地面の奥から再び嫌な音が響いた。
「……来るか」
ゴゴゴゴゴ……。
さっきと同じ音。
氷柱が出てくる前兆だ。
俺は腰を落とし、いつでも飛び退けるように構える。
怖くないと言えば嘘になる。
さっきは偶然にも避けられた。
次も避けられる保証なんてない。
それでも――。
「無理やりでも、止めてやるよ」
氷柱を睨みつける。
その向こう側にいるアラガを見据える。
「だから、もう少しだけ耐えてくれ」
届いているかどうかは分からない。
それでも俺は、そう言わずにはいられなかった。
アラガは苦しそうに息を吐きながら、それでも右目をこちらへ向けている。
その姿を見た瞬間、俺は確信した。
こいつも、まだ戦うつもりだ。
だったら――。
「……上等だ」
俺は再び身構える。
敵を倒すためじゃない。
こいつを、苦しみから解放するために。
そして――俺自身も生きてここから出るために。
「行くぞ、アラガ」
巨大な氷柱が再び地面を突き破る。
俺はそれを睨みながら、前へ踏み出す。
逃げ道なんて、最初から必要ない。
俺が進むべき場所は一つ。
――アラガのいる場所だ。




