第11章ー96
「……アラガ」
医務室に設置された大型の映像魔導具。
その画面に映し出されている試合を見つめながら、私は思わず彼の名前を口にしていた。
魔闘祭準決勝第二試合。
サダメの対戦相手は、アラガ。
試合が始まった頃は、アラガが圧倒的に優勢だった。
氷魔法を巧みに操り、サダメの攻撃を防ぐ。
それだけではない。
まるでサダメが次に何をするのか分かっているかのように攻撃をかわし、隙が生まれればすぐさま反撃する。
見ているだけでも分かる。
アラガは、強い。
それも、ただ強いという言葉では足りないくらいに。
けれど――。
「……」
そんな試合の流れが、一瞬にして変わった。
サダメがアラガへ一撃を入れた時。
もしかしたら、このまま逆転できるかもしれない。
そう思った。
けれど――。
アラガが、今まで閉じていた右目を開いた。
その瞬間。
「……え?」
思わず息を呑んだ。
空気が変わった。
映像越しだというのに、それがはっきりと分かる。
アラガから感じられる魔力が、それまでとは比べものにならないほど膨れ上がっていた。
量だけじゃない。
質そのものが違う。
まるで、今まで身体の奥底に隠していた何かが、一気に解き放たれたような――。
そして。
「魔導結界……」
魔物しか使えないとされていた魔法。
人類が長い間、研究を続けても到達できなかった領域。
それを、アラガが使った。
私は、驚きより先に別のことを考えていた。
「……アラガ」
彼の顔。
ほんの一瞬だけ、映像に大きく映し出された顔を見て――私は息を止めた。
歯を食いしばっていた。
眉間には深い皺が刻まれ、顔には明らかな苦痛が浮かんでいる。
「……辛そう」
小さく呟く。
見間違いかもしれない。
ほんの一瞬だった。
けれど、私にはそう見えた。
アラガが、苦しんでいる。
右目を開いたから?
それとも、魔導結界を使ったから?
あるいは、その両方なのか。
理由は分からない。
けれど――。
「……痛いの?」
答えが返ってくるはずもないのに、私は画面へ向かって問い掛けていた。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
あんなに苦しそうな顔をしているのに。
それでもアラガは戦い続けている。
何かを守ろうとしているのか。
それとも、何かに追い立てられているのか。
私には分からない。
ただ――。
同じ学園に通う仲間だ。
一緒に授業を受けて。
そんな時間を過ごしてきた、大切な友達の一人だ。
だから。
苦しそうにしている彼を、ただ見ていることしかできないのが辛かった。
私は治癒魔法を使える。
怪我をした人を助けることだってできる。
なのに今は、あの結界の中にいる彼へ手を伸ばすことすらできない。
「……私、何もできない」
悔しくて、拳をぎゅっと握る。
映像を見つめることしかできない自分が、もどかしい。
だったら――。
「……サダメ」
画面の中でアラガと対峙している少年へ、私は視線を向けた。
「お願い……」
声が震える。
私は、両手を胸の前で強く握り締めた。
「サダメ、アラガを……助けてあげて」
きっとサダメなら、なんとかしてくれる。
そう信じている。
だってサダメは、いつだって無茶をするけれど。
誰かが困っていたら放っておけない人だから。
自分が傷つくことなんて、きっと後回しにしてしまう人だから。
だから――。
「お願い……」
もう一度、呟く。
アラガを助けてほしい。
でも、それだけじゃない。
「……サダメも、無事でいてね」
どちらか一人が傷つけばいいなんて、私は思わない。
二人とも、生きて戻ってきてほしい。
アラガも。
サダメも。
それが無理な願いなのだとしても、今の私には祈ることしかできない。
「……お願い、サダメ」
画面の向こうにいる彼へ、私は一心に願いを託す。
きっと、サダメならなんとかしてくれる。
根拠なんてない。
ただの思い込みかもしれない。
それでも――。
「……信じてるから」
私は画面から目を逸らさなかった。
どうか。
二人とも、無事でいて。
そしてできることなら――。
苦しそうにしているアラガを、どうか助けてあげて。
私はただ、それだけを願い続けていた。




