第11章ー90
「ぐっ!?」
アラガが魔導結界という言葉を口にした、その瞬間だった。
――ゴオオオオオオッ!!
凄まじい冷気が爆発的に膨れ上がる。
次の瞬間、アラガを中心として猛吹雪が吹き荒れ始めた。
「なっ……!?」
目を開けていられない。
冷気が肌を切り裂くように叩きつけ、呼吸をするたび肺の奥まで凍りつきそうになる。
視界は一瞬で白に染まった。
前も。
後ろも。
右も左も。
何も見えない。
「くそっ……!」
腕で顔を覆いながら、必死に前へ進もうとする。
だが、足が思うように動かない。
吹雪の勢いが強すぎる。
一歩踏み出すだけで身体が押し戻される。
これじゃ、アラガへ近付くどころか反撃すらできない。
「……まずい」
焦りが込み上げる。
このままじゃ、本当に間に合わない。
魔導結界。
もし、今のアラガが本当にそれを発動できるのなら――。
絶対に止めなければならない。
俺は知っている。
この魔法が、どれほど危険なものなのか。
これまで何度も目にしてきた。
何度も。
何度も、この魔法と戦った。
そして、そのたびに俺たちは命を懸けて切り抜けてきた。
いや。
正確に言えば――切り抜けられた。
あの時、あと少し判断を間違えていたら。
あと一歩、逃げるのが遅れていたら。
あと一つ、偶然が欠けていたら。
俺たちは、とっくに死んでいた。
今まで魔導結界を破ることができたのだって、俺たち自身の力だけでどうにかしたとは言い切れない。
偶然。
奇跡。
……あるいは、神の気まぐれ。
そんなものがいくつも重なって、ようやく生き残れた。
だから分かる。
この魔法だけは――。
絶対に完成させちゃいけない。
「アラガ!!」
吹雪の向こうへ叫ぶ。
返事はない。
姿すら見えない。
それでも構わない。
ここで止める。
魔法が完成する前に、何としてでも――。
「……凍れ」
「ッ!?」
聞こえた。
吹雪の向こうから、アラガの声が。
たった一言。
それだけだった。
なのに。
その瞬間、俺は理解した。
――遅かった。
「嘘だろ……」
足元から、冷気が一気に広がっていく。
地面が凍りつく。
リングそのものが、白銀へと染まっていく。
吹雪がさらに勢いを増し、視界を完全に覆い尽くした。
「くっ……!」
目を細め、必死に周囲を見渡す。
すると、白い世界の中に異様なものが浮かび上がってきた。
氷柱。
巨大な氷の柱が、リングのあちこちに突き出している。
地面から天へ伸びるもの。
逆に、上空から地面へ向かって伸びるもの。
横方向から突き出しているものまである。
上下左右。
前後。
まるで規則性など存在しないかのように、巨大な氷柱が無造作に配置されていた。
そして――。
「……っ!」
足元に違和感を覚える。
視線を落とす。
俺の真下。
凍りついた地面から、一本の小さな氷柱が突き出していた。
ほんの少しだけ。
それでも確かに、逃げ道を塞ぐようにそこに存在している。
リング全体が、巨大な氷の檻へ変わっていく。
冷たい。
寒い。
いや。
そんな言葉では足りない。
ここはもう、闘技場なんかじゃない。
氷の世界だ。
何もかもが凍りつき、吹雪だけが支配する異常な空間。
俺は知っている。
この光景を。
この魔力を。
この、死の気配を。
「……まさか」
吹雪の向こう。
その中心に立つアラガの姿が、ぼんやりと浮かび上がる。
解放された魔眼が、白銀の世界の中で禍々しく輝いていた。
そして――。
「【零界凍土】」
その一言が響いた。
瞬間。
世界が凍った。
吹雪が渦を巻き、氷柱が一斉に唸りを上げる。
リングを覆っていた魔力が完全に閉じられ、逃げ場のない氷の結界が完成する。




