第11章ー89
「はあ……はあ……はあ……ぐっ……うぅぅ……」
「……?」
おかしい。
さっきから、アラガの様子がおかしい。
いや、魔眼を解放してから魔力そのものが異常なことは分かっている。
けれど、それだけじゃない。
呼吸が明らかに乱れている。
荒い息を何度も繰り返し、ときおり喉の奥から獣のような唸り声まで漏らしている。
「ぐっ……ぅ……」
苦しそうだった。
顔も、明らかに苦痛に歪んでいる。
ただ怒っているわけじゃない。
まるで自分の身体の中に、自分とは別の何かが入り込んでいて、それに身体を乗っ取られまいと必死に抗っている。
そんな印象すら受けた。
それでもアラガは俺から目を逸らさない。
いや――。
睨んでいるというより、睨みつけることで何かを押さえ込もうとしているように見えた。
「……アラガ」
さすがに放っておけない。
俺は一歩だけ前へ出る。
「お前、大丈夫――」
「……こっから先は……」
「……?」
声が重なる。
俺の言葉を遮るように、アラガが呟いた。
「……ただの試合じゃ……ねえ……」
「アラガ?」
聞き返す。
けれど、返事はない。
いや、聞こえていないのかもしれない。
言葉を発するだけでも苦しいのか、アラガは何度も息を吸い、喉を鳴らしている。
それでも、言葉だけは途切れ途切れに紡がれていく。
「こっから……先は……」
その声には、今までのアラガにはなかった異様な響きがあった。
「……惨死の……時間だ……!!」
「ッ!?」
背筋に悪寒が走った。
惨死。
その言葉が、妙に頭へ引っ掛かる。
何をするつもりだ。
そう問い掛けようとした、その時だった。
アラガが両手を胸の前へ持っていく。
そして、両手の指を組み合わせるようにしながら、ゆっくりと輪を描いた。
「……!」
その構えを見た瞬間。
頭の中に、嫌な記憶が蘇った。
見覚えがある。
あの構え。
あの手の形。
間違いない。
「……嘘だろ?」
思わず呟く。
俺は知っている。
あれを。
あの仕草をする奴を。
今まで何度も見てきた。
魔物だ。
人間じゃない。
魔物が魔法を使う時に見せる、あの独特の構え。
初めて見た時は、ただの魔法の発動動作だと思っていた。
だが、違う。
あれは人間にはできない。
少なくとも、俺がこれまで見てきた限りでは――一度も。
例外なんて存在しなかった。
魔物だけが使う技術。
魔物だけが扱える力。
そして、それを使う時に必ず見せる、あの構え。
なのに。
今、俺の目の前にいるのは人間の姿をしたアラガだ。
……いや。
違う。
さっき、俺は知ったばかりじゃないか。
人魔。
人間と魔物の血を持つ存在。
もし本当にアラガが人魔なら。
人間の魔法と魔物の能力。
その両方を持っているのだとしたら――。
「まさか……」
喉が鳴る。
そんなことが、本当に可能なのか。
あれは魔物にしか使えないはずだ。
人類には扱えない。
そう思っていた。
それなのに。
アラガは、今まさにそれを使おうとしている。
「……本当に、使えるのか?」
自分でも信じられない。
もし、あれが本当に俺の知っている『アレ』なら。
これから起こることは、今までの戦いとはまるで意味が違う。
ただの魔法じゃない。
魔物が持つ、もう一つの力。
それを人魔であるアラガが使えるのだとしたら――。
「魔導結界!」
アラガが叫んだ。
次の瞬間。
周囲の空気が一変した。




