第11章ー88
「……まさか、その目……魔眼、なのか?」
気付けば、そんな言葉が口から零れていた。
目の前に立つアラガの右目。
眼帯の下から現れたそれを見た瞬間、頭の中で一つの言葉が浮かび上がった。
――魔眼。
自分の予想が正しければ、あの目は間違いない。
だが、どうして俺がそんなことを知っているのか。
それは、ずっと前に遡る。
以前、図書館で人魔について調べたことがあった。
きっかけは幼い頃。
あいつ――エイシャが父さんに向かって口にしていた言葉を、ふと思い出した時だった。
奴らが村を襲った理由。
その目的の一つに、人魔の育成があった。
当時の俺は、人魔という言葉すら知らなかった。
だから気になった。
人魔とは何なのか。
なぜ、あいつらはそこまでして人魔を欲しがっていたのか。
そして調べていくうちに、俺はその存在について知ることになった。
人魔。
人間と魔物、その二つの血を持つ存在。
人類の強みである多種多様な魔法。
そして、種族を存続させるための繁殖能力。
一方で魔物は、人間とは比較にならないほど強靭な肉体と膨大な魔力量を持つ。
もし、その二つの強みを一つの身体に宿すことができるのなら。
理論上、人間にも魔物にも到達できない領域へ至ることすら可能なのではないか。
そんな記述が、確かに本にはあった。
……まあ、「到達できない領域」というのが具体的に何を意味するのかまでは書かれていなかったけど。
単純に考えれば、人間や魔物を超えた上位存在になり得る、という意味なのだろう。
実際、魔物は人間より遥かに多くの魔力を持っている。
身体能力だってそうだ。
同じ年齢、同じ体格の人間と比べれば、数倍どころか、それ以上の差がある種族だって珍しくない。
ただし、そんな魔物にも弱点はある。
人間が使うような基礎魔法を扱えない。
基本的には、それぞれの種族が持つ固有の能力に頼っている。
言い換えれば、その能力さえ把握できれば対策を立てやすい。
もちろん、十死怪クラスの化け物ともなれば話は別だろう。
あいつらを「魔物」という一括りで考えるのが間違いなくらい、規格外の存在だからな。
それでも、人間には人間の強みがある。
人によって得意な魔法が違う。
火を使う者もいれば、氷を使う者もいる。
風、水、土。
さらには特殊な魔法を扱う者だっている。
十人いれば十通りの戦い方がある。
それに、人間は種族として数を増やすことができる。
もちろん、以前戦ったブラム・ブラッドフィールドの吸血鬼族のように、子孫を残せる魔物も存在する。
だが、種族によっては日光に弱いなど、明確な弱点を抱えている。
人間には、それがない。
そして何より、人間には団結する力がある。
個体としては弱くても、集団になれば強い。
それが、人間が魔物の蔓延るこの世界で生き残ってこられた理由の一つだ。
……話が逸れたな。
重要なのは、人間と魔物。
両方の強みを持つ存在がいるということだ。
それが人魔。
もし本当に両者の長所だけを受け継げるのなら――。
理論上は、人間の上位互換にすらなり得る。
だから、奴らは欲しがった。
人魔を。
自分たちの手で生み出そうとした。
今なら、あの時エイシャが口にしていた言葉の意味も少しだけ理解できる。
奴らが人魔を求めていた以上、この世界のどこかに実際に存在していたとしても不思議じゃない。
龍だって実在していた。
今さら、人魔がいたところで驚くほどでもない。
……そう思っていた。
けれど。
「まさか……この学園にいたとはな」
思わず呟く。
しかも。
その人魔が――。
「……アラガ」
俺に因縁をつけてきた、あのアラガだった。
入学してから何度も衝突した。
戦いを挑まれた。
何を考えているのか分からない奴だと思っていた。
まさか、その正体が人魔だったなんて。
さすがに想定外すぎる。
「はあ……はあ……はあ……」
目の前で、アラガが荒い呼吸を繰り返している。
右目から放たれる禍々しい魔力は、今まで感じたことのないほど濃密だった。
身体中から漂う殺気も、先ほどまでとは比較にならない。
……こいつ。
本当に、俺が今まで戦っていたアラガなのか?
眼帯を外しただけ。
たったそれだけのはずなのに、目の前にいる男から感じる威圧感はまるで別物だった。
俺は拳を握り直す。
魔眼。
人魔。
そして、目の前のアラガ。
頭の中でいくつもの情報が繋がっていく。
だが――。
「……」
知識が増えたところで、目の前の問題が解決するわけじゃない。
今、俺が考えるべきなのは一つ。
こいつを、どうやって止めるか。
これまでとは明らかに違う。
目の前にいるのは、俺が知っているアラガよりも遥かに危険な存在だ。
なら――。
俺は、どう戦えばいい?
「……行くしか、ないよな」
小さく呟き、構えを取り直す。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも、退くつもりはなかった。
とうとう本性を現した強敵。
その正体が人魔だろうと、魔眼を持っていようと関係ない。
俺は、目の前にいるアラガと戦う。
ただ、それだけだ。




