第11章ー87
『ア、アラガ選手――ここでとうとう右目を解放したぁぁぁぁぁぁっ!! ……っ、な、なんなんだ、その目はぁぁぁぁぁぁ!?』
隣で、ヒューズ君が勢いよく立ち上がった。
机を叩きそうな勢いで身を乗り出し、実況ということも忘れたように声を張り上げている。
演出で大袈裟に騒いでいるのか。
それとも素で驚いているのか。
一瞬判断に迷ったけれど、その表情を見れば答えは明らかだった。
目を大きく見開き、口を半開きにしたまま固まっている。
あれは演技じゃない。
本気で驚いている顔だ。
……もちろん。
驚いているのは私も同じだった。
あまりにも衝撃的すぎて、実況の言葉が出てこない。
アラガ君の右目から放たれる禍々しい気配。
視線を向けただけなのに、胸の奥がざわつく。
身体が本能的に危険だと訴えている。
それなのに――。
私は、その眼から目を離せなかった。
「……私、知ってる」
思わず、小さく呟く。
マイクを通すことすら忘れた独り言だった。
「え?」
ヒューズ君が振り返る。
その声で我に返った私は、記憶の奥底を探るようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「前に、本で読んだことがあるの」
幼い頃。
図書館の奥で偶然見つけた、一冊の古い冒険小説。
主人公が旅の途中で、人とも魔物とも違う存在と戦う物語だった。
当時は面白い空想話だと思って読んでいた。
でも、今ならわかる。
あの本に描かれていた存在は――。
「人間と魔物の間に生まれた子どもには、特殊な眼が宿ることがあるって」
記憶を辿りながら続ける。
「その眼は【魔眼】って呼ばれていて、宿した人は魔物すら上回る魔力を持つって書かれてたの」
ヒューズ君が息を呑む。
私は構わず続けた。
「人と魔物の混血。その種族は【人魔】って呼ばれてるって……」
そこまで口にして、自分でも言葉を失う。
そんなもの。
私はずっと創作だと思っていた。
作者が考えた架空の設定。
物語だからこそ存在する幻想。
そう信じて疑わなかった。
なのに。
目の前のアラガ君の右目は、あの本に描かれていた挿絵と驚くほどよく似ている。
いや。
似ているどころじゃない。
まるで、本からそのまま抜け出してきたみたいだった。
「……本当に、いたんだ」
思わず漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。
ヒューズ君も言葉を失っている。
実況席まで伝わってくる魔力の圧力。
空気が重い。
呼吸をするだけで胸が圧迫される。
闘技場全体が静まり返り、ざわめいていた観客席からも悲鳴や戸惑いの声が聞こえ始める。
まるで強大な魔物が、この会場へ姿を現したようだった。
怖い。
そう感じる人もいるだろう。
きっと普通なら、それが当たり前なんだと思う。
だけど――。
私の胸に浮かんだ感情は、恐怖とは少し違っていた。
「……綺麗」
気付けば、その言葉が零れていた。
自分でも驚く。
禍々しい。
恐ろしい。
危険。
そう形容されるはずの眼なのに。
私には、その紋様がどこまでも美しく映った。
黒と紅が溶け合うように揺らめく瞳。
幾重にも重なった紋様は、まるで夜空に咲く花のようでもあり、深海を漂う光のようでもある。
恐怖と神秘が同時に宿った、不思議な輝き。
あんな眼を、私は見たことがない。
実況することも忘れ、瞬きすら惜しいと思うほど、その眼へ見入ってしまう。
怖いはずなのに、目を逸らせない。
知りたい。
もっと見たい。
あの眼は、一体何なのか。
その好奇心だけが、私の心を静かに支配していた。




