第11章ー86
「アラガ……お前……」
思わず声が漏れる。
目の前に立っているのは間違いなくアラガだ。
なのに、さっきまで戦っていた相手とはまるで別人に見えた。
膨れ上がる魔力も異様だったけど、それ以上に様子がおかしい。
肩を上下させる呼吸。
全身から滲み出る殺気。
そして、自分だけを獲物のように見据える視線。
理性が消え失せ、本能だけで獲物を狩ろうとする猛獣。
そんな錯覚すら覚えるほどだった。
……何が起きてる。
あの一撃で追い詰められたから?
いや、違う。
こんな変化は、ただ怒った程度じゃ説明がつかない。
魔力そのものが、さっきとは別物になっている。
まるで底が抜けたみたいに溢れ続けていた。
「ふうぅぅぅぅ……はあぁぁぁ……」
低く長い呼吸を繰り返したアラガが、ゆっくりと口を開く。
「……これだけは、取るまいと思っていたんだがな」
「ッ!?」
その言葉と同時に、アラガは右手を顔へ伸ばした。
狙うのは、ずっと右目を覆っていた黒い眼帯。
そういえば。
入学初日。
初めてアラガを見た時も、一瞬だけ妙な威圧感を覚えたことがあった。
あの眼帯の奥に、何かを封じ込めていたんだ。
まさか。
右目に秘密があるのか。
「お前だけには負けられねえ」
静かに紡がれる言葉。
その声には怒りだけじゃない。
覚悟と諦めが入り混じっていた。
「だから、こっからは本気でいくぞ」
眼帯を鷲掴みし、思いっきり外そうとしていた。
時間にすればほんの数秒。
なのに、やけに長く感じた。
俺は動けない。
逃げることも、目を逸らすこともできない。
ただ固唾を呑み、その瞬間を見届けることしかできなかった。
眼帯が外れる。
そして。
露わになった右目を見た瞬間、全身から血の気が引いた。
「ッ……!?」
息が止まる。
あれは……何だ。
人間の目じゃない。
いや、人間どころか、生き物の目とも思えなかった。
瞳孔も虹彩も、本来あるべき形をしていない。
黒く淀んだ瞳の奥で、禍々しい紋様が幾重にも絡み合い、ゆっくりとうねるように脈動している。
まるで生きている呪印。
あるいは、深い闇そのものを閉じ込めたような瞳。
見ているだけなのに、胸の奥がざわつく。
嫌悪感。
恐怖。
言葉では説明できない本能的な拒絶。
「な、なんだ……その目……」
ようやく絞り出せた声は、自分でも驚くほど震えていた。
視線を逸らしたい。
それなのに逸らせない。
吸い込まれる。
いや、引きずり込まれる。
あの眼を見続けているだけで、自分の中の何かが侵されていくような錯覚を覚えた。
鳥肌が止まらない。
これまで数え切れないほどの魔物と戦ってきた。
巨大な魔獣も、魔障に侵された化け物も見てきた。
それでも。
こんな恐怖を覚えたのは、生まれて初めてだった。




