第11章ー85
「はあ……はあ……はあ……」
渾身の【火球・炎衝拳】が、ようやくアラガを捉えた。
確かな手応えが拳に残っている。
あれだけ何度も攻撃をかわされ続けた相手へ、初めてまともな一撃を叩き込めた。
……よかった。
本当に、うまくいってくれた。
胸を撫で下ろす一方で、全身から力が抜けていく。
炎の魔力を解除すると、身体中から噴き出していた熱が一気に引いていく感覚に襲われた。
代わりに押し寄せてきたのは、鉛のような疲労だ。
身体の芯まで焼かれていたような感覚が残り、立っているだけでも足が震える。
さすがに無茶をしすぎた。
全身を炎属性の魔力で満たしたまま戦い続けるなんて、今思えば正気の沙汰じゃない。
あと少し長引いていたら、自分の方が先に倒れていたかもしれない。
この戦い方は、切り札にはなっても常用は無理だな。
今後使うなら、もっと制御できるようになってからじゃないと危険すぎる。
そんな反省を頭の片隅でしながら、荒い呼吸を整える。
『アラガ選手、聞こえるかい? 動ける?』
ライラック先生がリングへ上がり、倒れたアラガへ駆け寄る。
自分も視線を向ける。
……動かない。
胸は上下しているから意識はあるはずだけど、立ち上がる気配はない。
あの一撃は、狙い通りきれいに入った。
いくらアラガでも、あれだけまともに食らえば無傷では済まない。
これで終わってくれればいい。
心の底からそう思った。
もちろん勝ちたい気持ちはある。
だけど、それ以上に――。
もし自分が勝てば、アラガは学園を去らずに済む。
本人が言っていた約束も、これで無効になるはずだ。
正直、まだこいつのことはよく知らない。
だからこそ、話してみたいとは思う。
あれだけ本気でぶつかり合った相手なんだ。
試合が終わったら、少しくらい話せるようになるかもしれない。
そんなことを考えていた。
『……うん。動けなさそうだね。それではアラガ選手、戦闘不能と判――』
ライラック先生が試合終了を告げようとした、その瞬間だった。
「俺は、まだ、負けてねえぞッ!!!!」
『「ッ!?」』
怒号とともに、アラガが自力で立ち上がる。
思わず息を呑んだ。
……立った。
あのダメージで、まだ立てるのか。
「ふうぅぅぅ……ふうぅぅぅ……」
深く息を吐くアラガは、ゆっくりと顔を上げる。
その視線が真っ直ぐこちらへ向いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
……なんだ。
この違和感。
さっきまでのアラガじゃない。
空気が重い。
いや、重いなんてもんじゃない。
肌にまとわりつくような圧迫感。
思わず一歩後ずさりたくなるほどの威圧感が、リング全体へ広がっていく。
「先生、審判。試合続行みたいです」
できるだけ平静を装いながらライラック先生へ声を掛ける。
『……っ、あ、ああ』
先生も何かを感じ取ったのか、険しい表情のまま静かにリングを降りていった。
本当ならアラガの容態を確認したかったはずだ。
でも、今のアラガには近付かない方がいい。
そんな空気が、その場にいた全員へ伝わっていた。
リングの上には、再び自分とアラガだけが残る。
「……お前、一発食らわせたぐらいで調子に乗るなよ」
「ッ!?」
その声を聞いた瞬間、全身の毛が逆立った。
魔力。
アラガから溢れ出る魔力が、さっきまでとは比べものにならないほど膨れ上がっている。
いや、増えているというより――暴走している。
魔力が荒れ狂い、制御を失っているように見えた。
なんだ……これ。
さっきまで冷静だったアラガが、まるで別人になったみたいだ。
嫌な予感がする。
本能が警鐘を鳴らしていた。
「殺す」
低く、掠れた声。
「コロす」
さっきまでの抑揚がない。
怒りだけが滲み出たような声だった。
「お前だけは絶対に、コロス!!!」
その言葉を聞いた瞬間、試合開始から今までで一番の悪寒が全身を駆け抜けた。




