第11章ー78
「……そうか」
アラガが小さく息を吐く。
その表情には呆れとも失望ともつかない色が浮かんでいた。
「なら、ここで俺が引導を渡してやる」
その瞬間だった。
首を掴む左手から流れ込んでくる氷の魔力が、一気に増した。
「っ……!」
まずい。
冷気じゃない。
もはや凍結そのものだ。
首から胸へ、肩へ、腕へと氷が這うように広がっていく。
このままじゃ、本当に終わる。
氷漬けにされる。
呼吸もできない。
身体も動かない。
考える時間なんて、もう残されていなかった。
――だったら。
やるしかない。
俺は残されたわずかな力で右手を動かす。
喉は締め上げられ、まともに声も出ない。
それでも。
「フ……」
息を無理やり押し出す。
「【火球】ッ!!」
「――なっ!?」
アラガの目が見開かれた。
俺が向けた掌は、アラガではない。
真下。
自分の足元だった。
直接アラガを狙う手もあった。
だが、当たらない。
いや、当てられない。
ここまで何度も攻撃を読まれてきた俺だ。
この距離ですら避けられる可能性は十分ある。
なら。
狙うべきは相手じゃない。
状況そのものだ。
「ちっ!」
アラガは瞬時に危険を察知し、俺から距離を取る。
それでいい。
その一瞬で十分だ。
次の瞬間――。
ドォォォンッ!!
轟音とともに足元が爆ぜた。
猛烈な爆風が地面をえぐり、アスファルトの破片を四方へ撒き散らす。
立ち込める炎。
舞い上がる土煙。
視界が一瞬で白く染まった。
「ぐあっ!」
当然、俺も爆発に巻き込まれる。
砕けた破片が顔や腕をかすめ、焼けつくような熱風が全身を叩く。
足元から吹き上がる衝撃に身体が浮き、そのまま地面へ転がった。
痛い。
熱い。
全身が悲鳴を上げる。
けれど。
「……っ!」
首元を締めつけていた圧迫感が消えた。
凍りついていた肩も腕も、熱で一気に氷が溶け落ちていく。
「はぁっ……!」
俺は大きく息を吸い込んだ。
肺に空気が入る。
それだけで涙が出そうになる。
生きてる。
まだ動ける。
「はあ……はあ……はあ……」
息を整えながら、自分の身体を確認する。
顔がヒリヒリする。
足にも焼けるような痛みが走っている。
爆風で軽い火傷を負ったらしい。
凍傷も消えたわけじゃない。
身体中が痛み、まともな状態とは言い難かった。
それでも。
さっきまで氷漬けにされかけていたことを思えば、この程度で済んだのは奇跡だ。
「はぁ……はぁ……」
ゆっくりと呼吸を整える。
喉は焼けるように痛む。
さっき無理やり詠唱したせいで声も掠れていた。
だが、声は出る。
魔法も使える。
まだ戦える。
その事実だけで十分だった。
煙が少しずつ晴れていく。
その向こうで、アラガが俺を見据えていた。
「……ちっ」
珍しく舌打ちが聞こえた。
「馬鹿かよ、お前」
その一言に、思わず苦笑が漏れる。
「ははっ……」
痛みで頬が引きつる。
それでも笑う。
「頑丈なのが取り柄なもんでな」
半分は強がり。
半分は本音。
今の俺に誇れるものなんて、それくらいしかない。
だけど、それでいい。
丈夫だから立ち上がれる。
丈夫だから何度でも挑める。
それも立派な武器だ。
アラガは何も言わない。
ただ、こちらを静かに見つめている。
さっきまでのように不用意に距離を詰めてこない。
自爆という予想外の選択が、ほんのわずかでも奴の読みを狂わせたのだ。
それだけで十分だった。
俺はゆっくりと立ち上がる。
身体中が軋む。
痛みで膝が笑う。
それでも足は前を向いていた。
「ふぅ……」
一度だけ深く息を吐く。
弱気を全部吐き出すように。
恐怖も、不安も、一緒に吐き出すように。
「よし」
拳を握る。
心臓はまだ激しく脈打っている。
でも、その鼓動はもう恐怖だけじゃない。
闘志が戻ってきていた。
「まだ試合は終わってねえ」
自分に言い聞かせるように呟く。
「勝負は――ここからだ」
今までの策は全部潰された。
魔法も、体術も通じなかった。
それでも、たった今一つだけ分かったことがある。
アラガだって万能じゃない。
予測できない行動には、一瞬だけでも反応が遅れる。
その一瞬を積み重ねれば、勝機は生まれるかもしれない。
まだ終わっていない。
終わらせるつもりもない。
俺はアラガを真っ直ぐ見据え、力強く拳を構えた。
「いくぞ、アラガ!!」
その叫びとともに、俺は再び地面を蹴った。




