第11章ー77
「やっぱり、お前も大したことはなかったな」
「がっ……!」
アラガの冷たい声が耳元で響く。
その言葉と同時に、首を掴む手から氷の魔力がさらに流れ込んできた。
「ぐっ……うぅっ!」
首筋から白い霜が広がっていく。
冷たい。
いや、違う。
冷たさを通り越して、焼けるように痛い。
皮膚の感覚が薄れていく一方で、身体の奥では熱した鉄でも押し当てられているような激痛が走る。
「はあ……はあ……」
息が苦しい。
首を締め上げられているせいか、それとも氷の魔力の影響なのか。
肺に空気が入らない。
呼吸をするたび喉が痛み、吸い込んだ空気さえ凍りついているように感じる。
まずい。
このままじゃ氷漬けになる前に窒息する。
魔法を唱えるどころか、まともに息を吸うことすらできなくなってきた。
考えろ。
何か方法はないのか。
この状況をひっくり返す一手は――。
「……ハァ」
アラガが小さくため息をついた。
その声には、呆れと失望しかなかった。
「この程度で勇者を目指そうなんてな」
「……ッ!」
胸の奥が強く疼く。
勇者。
その言葉だけで、身体とは別の痛みが走った。
「あの男も、とんだ見込み違いだったらしいな」
「あの男……?」
苦しさに霞む意識の中で、その言葉だけが引っかかった。
あの男。
誰のことだ。
……先生か?
コールスタッシュ先生のことを言っているのか。
「十死怪クラスの連中も」
アラガは淡々と続ける。
「古の龍っていうのも」
その声には感情がない。
だからこそ、一言一言が鋭く胸に突き刺さる。
「マヒロ・トーエンやミオ・チヤドールがいなけりゃ倒せなかったんだろ?」
「……」
言葉が出ない。
否定したくても、できなかった。
「奴らがいなけりゃ、お前は十死怪一人倒すことすらできない、有象無象の雑魚に過ぎねえ」
「……っ」
拳を握る。
悔しい。
でも。
「そんな奴が勇者になる?」
アラガが俺を見下ろす。
「人を助ける?」
冷たい瞳が、俺を射抜く。
「ほざけ」
「……」
「おこぼれで評価してもらってる分際で、調子に乗るな」
「……」
「お前なんぞが勇者になれるわけねえだろ」
その声は徐々に強くなる。
「思い上がるな!!」
その怒声が、会場中へ響き渡った。
「……」
俺は何も言えなかった。
だって。
アラガの言葉には、否定できない部分があったからだ。
確かに。
今の俺一人じゃ、十死怪に勝てる自信なんてない。
マヒロがいた。
ミオがいた。
ソンジやギリスケもいた。
みんなが命懸けで戦ってくれたから、俺は生き残ってこられた。
俺一人の力で勝ったなんて、とても言えない。
これまで積み重ねてきた戦果は、決して俺だけのものじゃない。
仲間がいたからこそ掴めた勝利だった。
「……」
だから。
アラガの言葉は痛かった。
胸が締めつけられるほど痛かった。
でも。
だからといって。
全部が間違っているとは思わない。
俺は弱い。
まだ未熟だ。
守られることの方が多い。
それは認める。
だけど。
「……それでも」
俺はここまで来た。
一歩ずつ。
本当に少しずつだけど。
昨日の俺より、今日の俺は強くなっている。
なら。
今は届かなくても。
今は仲間に助けられてばかりでも。
歩みを止めなければ、いつか必ず追いつける。
そう信じたい。
「……お、俺は……」
凍てつく冷気が全身を蝕んでいく。
息を吸うだけで肺が痛む。
唇は震え、声もかすれる。
それでも。
俺はアラガを真っ直ぐ見つめた。
逃げない。
逸らさない。
今ここで諦めたら、本当に終わってしまう。
「……ッ!」
全身に力を込める。
凍傷の痛みも。
首を締められる苦しさも。
全部押し殺して。
俺は叫んだ。
「俺は――!」
その声は震えていた。
弱々しかった。
それでも。
決して折れてはいなかった。
「絶対に……!」
勇者とは何なのか。
今の俺には、まだ全部は分からない。
弱いまま目指していいのかも分からない。
仲間に助けられてばかりの俺が名乗っていいものなのかも分からない。
それでも。
俺には、それしかない。
諦めたくない夢がある。
守りたい人がいる。
助けたい誰かがいる。
だから――。
「絶対に、勇者になってみせる!!」
喉が張り裂けそうになるほどの声が、会場中へ響き渡った。
それはアラガへの反論ではない。
誰かに認めてもらうための言葉でもない。
自分自身へ誓った、揺るぎない決意だった。




