第11章ー75
「はあああっ!!」
俺は地面を強く蹴り、一気にアラガとの距離を詰めた。
――魔法じゃ駄目だ。
火球は防がれた。
煙幕も読まれた。
目くらましすら通じない。
だったら、残る手は一つしかない。
「うおおおおっ!!」
右拳を大きく振りかぶり、そのままアラガの顔面へ向かって振り抜く。
実況に「フィジカルおばけ」なんて散々いじられたばかりだっていうのに、結局頼るのは肉弾戦。
……なんとも皮肉な話だ。
でも、仕方ない。
少なくとも、この距離なら魔法よりは勝負になる。
俺はそう信じていた。
「……ふん」
「――ッ!?」
次の瞬間。
俺の拳は空を切った。
アラガは首をほんの少し傾けただけ。
それだけで、俺の渾身の一撃は避けられていた。
「なっ……!」
速い。
いや、違う。
動きが小さすぎるんだ。
まるで最初から俺の拳がどこへ飛んでくるのか分かっていたかのように、必要最低限の動きだけで回避している。
「くそっ!」
俺はそのまま追撃する。
右が駄目なら左。
左が駄目なら蹴り。
止まるわけにはいかない。
「おらっ!」
ブンッ!
「はっ!」
ブンッ!
「まだだぁ!」
ブンッ!
何度も。
何度も。
拳を振るう。
だが。
「……」
当たらない。
一発たりとも。
アラガは紙一重で俺の攻撃を避け続ける。
半歩下がる。
身体を少し捻る。
首を傾ける。
たったそれだけ。
無駄な動きは一切ない。
俺だけが大きく動き回り、アラガだけが静かに立っている。
そんな光景にすら見えた。
「嘘だろ……」
思わず息を呑む。
こいつ。
近接戦まで強いのかよ。
魔法だけじゃない。
読みだけでもない。
純粋な体術でも、俺を上回っている。
「魔法の次は拳か」
アラガが淡々と口を開く。
「分かりやすいな」
「っ……!」
分かってる。
そんなことは俺自身が一番分かってる。
でも、今の俺にはこれしか――。
「だが」
その一言と同時だった。
アラガの左肩が僅かに動く。
「――がっ!?」
ズンッ!!
腹部に強烈な衝撃が突き刺さった。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
視界が揺れる。
息が止まる。
「が……っ!」
腹を押さえながら、思わず数歩後ずさる。
痛い。
ただ痛いだけじゃない。
殴られた場所が、まるで焼けた鉄でも押し付けられたかのように熱い。
俺は反射的に腹へ手を当てる。
ちゃんと全身に【部分魔力強化】を施していた。
身体能力も、防御力も上げていたはずだ。
それなのに。
まるで強化なんて意味がなかったかのように、衝撃が内側まで突き抜けている。
「どうした?」
アラガが静かに言う。
「お得意の肉弾戦も、この程度か?」
「くっ……!」
言葉が返せない。
悔しい。
言い返したい。
でも。
今の俺には、その資格すらない。
魔法は通じない。
策も見破られた。
そして最後の頼みだった肉弾戦まで、一方的に封じられた。
「……」
俺は荒く息を吐きながら、アラガを見つめる。
相変わらず無表情。
呼吸一つ乱れていない。
まるで軽い準備運動でもしているかのような余裕だった。
対して俺は。
肩で息をし、腹を押さえ、背中の痛みに耐えながら立っている。
その差は、あまりにも大きい。
「……」
頭の中で、さっきまでの戦いが何度も蘇る。
火球。
煙幕。
接近。
目くらまし。
肉弾戦。
俺が仕掛けた手は、その全てが通じなかった。
いや。
通じないどころか、全部利用されている。
俺が一手打つたびに、アラガはその二手三手先で待ち構えていた。
魔力の差。
技術の差。
経験の差。
判断力の差。
近接戦闘能力の差。
その全てで、俺は上回られている。
今の俺に。
この男へ勝つ方法なんて、本当にあるのだろうか。
ほんの一瞬。
そんな弱気が頭をよぎった。
だが、その視線だけは最後まで逸らさなかった。
目の前にいる男は、まだ本気ですらない。
だからこそ。
ここから先が、本当の勝負なのだと。
俺は自分に言い聞かせるしかなかった。




