第11章ー74
「……嘘だろ」
思わず声が漏れた。
俺の目の前にあるのは、たった一枚の氷の板。
壁ですらない。
人一人が隠れられる程度の、細長い氷の板だ。
それだけ。
たったそれだけなのに――。
俺が放った【ゆらめく炎の光球】の閃光は、その氷板に遮られ、四方へと反射していた。
光は乱れ、散り、俺の狙った方向へ届くことはない。
そして、その向こう側には。
「……」
アラガが立っていた。
無傷。
無表情。
まるで何事もなかったかのように、静かにこちらを見つめている。
その姿を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。
……違う。
こいつは、ただ防いでいるんじゃない。
「……マジかよ」
喉がひどく渇く。
俺はようやく理解した。
こいつは俺の攻撃を受けてから対処しているわけじゃない。
俺が何を考え、何を狙い、次に何をするのか。
それを先回りしている。
煙幕を張った時も。
回り込んだ時も。
至近距離で目くらましを仕掛けた時も。
全部だ。
俺が動くより先に、その一手先を読んで待ち構えている。
だから届かない。
だから何を仕掛けても通じない。
まるで俺の頭の中を覗かれているような感覚だった。
「……これがお前の戦い方か?」
静かな声が響く。
「興ざめだな」
「……っ」
その一言が胸に突き刺さる。
思わず拳を強く握り締めた。
悔しい。
腹が立つ。
何より、自分が情けなかった。
俺は必死に考えた。
真正面からじゃ勝てない。
だから煙幕を使った。
死角を作って接近した。
至近距離なら目くらましが通じると思った。
今できる限りの工夫をしたつもりだった。
それなのに。
全部、見透かされていた。
「……」
俺は奥歯を噛み締める。
ここまで実力差があるのか。
魔法も。
判断力も。
戦闘経験も。
何もかもが一枚上だ。
このままじゃ勝てない。
そんなことは、自分が一番よく分かっている。
でも。
だからといって。
諦める理由にはならない。
「……まだだ」
俺はゆっくりと立ち上がる。
背中が痛む。
さっき氷壁へ叩きつけられた衝撃が、今になって鈍い痛みとなって全身へ広がっていた。
魔力も確実に減ってきている。
息も少しずつ上がってきた。
それでも。
俺はアラガから目を逸らさない。
逸らした瞬間、負けだと思った。
――勝つ。
そのために、俺はここに立っている。
こいつのことを知りたいと言ったのは俺だ。
勝ってみろと言われたのも俺だ。
だったら、最後まで足掻くしかない。
「……まだ終わってねえぞ、アラガ」
俺の言葉に、アラガは何も返さない。
ただ。
その細い目が、ほんの僅かに細められた。
その視線だけで分かった。
まだだ。
まだ、こいつは本気じゃない。
攻撃らしい攻撃すらほとんどしていない。
俺の攻撃を受け止め。
読み。
いなし。
必要最低限の動きだけで試合を進めている。
つまり今の俺は。
全力を出している相手ですらない。
「……だったら」
自然と口元が吊り上がる。
悔しい。
苦しい。
勝てる保証なんてどこにもない。
それでも、不思議と心は折れていなかった。
むしろ燃えてくる。
ここまで圧倒される相手だからこそ。
絶対に一泡吹かせたい。
「まずは、お前が本気を出さざるを得ない状況まで追い込んでやる」
俺は静かに拳を構える。
今のままじゃ届かない。
なら。
届く形を作ればいい。
読まれるなら、その読みすら利用する。
策が潰されるなら、新しい策を生み出す。
勝負はまだ終わっていない。
この試合が終わるその瞬間まで。
俺は何度でも立ち上がる。
そして必ず――。
アラガの余裕を、その無表情を、崩してみせる。




