第11章ー69
「……あ?」
思わず間の抜けた声が出た。
アラガは、意表を突かれたように目を丸くしている。
……まあ、無理もないか。
自分で言い出しておいてなんだが、俺だって今さら何を言ってるんだって思ってる。
それでも。
口にしてしまった言葉を、取り消すつもりはなかった。
「お前が学園を出て行ったら……俺は、お前のことをもっと知れなくなるだろ」
「……」
アラガは黙っている。
だから俺は、そのまま言葉を続けた。
「なんで勇者を、あそこまで憎んでるのかも」
「……」
「なんで魔王を倒そうとしてるのかも」
「……」
「なんで俺のことを、あそこまで敵視してるのかも」
言葉にしてみると、不思議だった。
自分でも驚くくらい、次から次へと言葉が出てくる。
俺はずっと、アラガのことが分からなかった。
何を考えているのか。
何を目的にしているのか。
どうして勇者を憎み、魔王を倒そうとしているのか。
そして――どうして俺を、あんな目で見てくるのか。
「俺はさ……お前が何を考えてるのか、全然分からないんだよ」
アラガは何も言わない。
ただ、俺の言葉を聞いている。
「だから、知りたい」
それが、俺の本音だった。
ただ、それだけだ。
「お前の考えが正しいのか、間違ってるのかも、俺には分からない」
俺は一度、言葉を切った。
アラガの背中を見つめる。
「でもさ」
自然と、口元が緩んだ。
「分からないまま、お前がどっか行っちまうのは……なんか嫌なんだよ」
その瞬間だった。
アラガの瞳が、ほんの僅かに揺れた。
「……」
……今のは。
初めて見た気がする。
アラガが、そんな顔をするのを。
ほんの一瞬だった。
俺が見間違えたんじゃないかと思うほど、僅かな変化。
けど、確かに揺れた。
あいつの心が。
「だからさ」
俺は一歩、前へ踏み出す。
「お前が勝手に学園を出ていくのは、俺にとって不都合なんだよ」
「……」
アラガの眉間に、さらに深い皺が刻まれた。
「……お前、本当に鬱陶しいな」
「ははは。そりゃあどうも」
即答すると、アラガは呆れたように息を吐いた。
やがてアラガは、俺から視線を外すように再び背を向けた。
「……くだらねえ」
「そうか?」
吐き捨てるように言いながら、アラガは歩き出す。
……やっぱり駄目だったか。
俺は内心で肩を落としかけた。
結局、こいつの考えていることは分からない。
俺が何を言っても、何を聞いても。
アラガは簡単には心を開いてくれない。
そう思った。
――だが。
「……だが」
「ん?」
その足が止まった。
アラガは、俺に背を向けたままだった。
「そんなに俺を知りたきゃ――」
そこで一度、言葉が途切れる。
俺は黙って、アラガの背中を見つめた。
そして。
「俺に勝ってみろ」
「……!」
思わず目を見開いた。
「勝ったら……教えてくれるのか?」
俺がそう尋ねると、アラガは少しだけ首を傾ける。
「さあな」
「……」
アラガはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、再び歩き始める。
アラガは振り返らない。
そのまま、どんどん離れていく。
相変わらず、何を考えてるのか分からない奴だ。
だけど。
俺は、その背中を見つめながら思った。
――さっきまでより。
ほんの少しだけ。
こいつとの距離が近くなった気がする。
もしかしたら、アラガにとってはこれが精一杯の答えなのかもしれない。
「勝ってみろ」
その言葉の意味が、本当に「勝ったら全部話してやる」という意味なのかは分からない。
ただ。
少なくとも、完全に拒絶されたわけじゃない。
なら――。
「……よし」
俺は拳を握り締める。
こいつのことを、もっと知りたい。
なんで勇者を憎んでいるのか。
なんで魔王を倒そうとしているのか。
そして――。
なんで俺を、あそこまで敵視しているのか。
こいつが何を背負っているのか。
何を信じているのか。
その全部を知りたい。
それなら。
俺にできることは一つしかない。
「まずは……勝つしかないよな」
次の試合。
俺はアラガを倒す。
そして、その上で聞いてやる。
逃げずに。
誤魔化さずに。
こいつが何を考えているのか。
全部だ。
「……絶対、勝つからな」
遠ざかっていく背中へ向けて、俺は小さく呟いた。
すると。
「……」
アラガの足が、ほんの一瞬だけ止まった。
俺は思わず目を凝らす。
だが、アラガは振り返らない。
そのまま歩き続ける。
「……ちっ」
ただ。
微かな舌打ちだけが、静かに聞こえてきた。
振り返ることはない。
それでも。
なぜだろう。
俺は、それで十分な気がした。
アラガが何を思っているのかなんて、今は分からない。
だけど。
いつかきっと、分かる時が来る。
そのためにも――。
「負けるわけにはいかねえな」
俺は拳を強く握り締めた。
――準決勝。
この試合は、絶対に負けられない。
アラガに勝つ。
そして。
あいつのことを、全部知る。
それが今の俺にとって、一番の目的だった。




