第11章ー65
「……」
「……」
気まずい。
いや、気まずいなんてもんじゃない。
通路の真ん中で向かい合ったまま、お互い一言も発しない。
静かすぎる。
空気が重い。
クロノ寮長と鉢合わせた時みたいに気軽に話せる相手ならまだよかった。
けど、目の前にいるのはアラガだ。
普段からほとんど口を開かない。
そのうえ、なぜか俺に対してだけ露骨に敵意を向けてくる。
正直、何を話せばいいのか分からない。
……よし。
余計なことは考えるな。
このまま素通りしよう。
試合前に無駄な火種を増やす必要はない。
そう決めて一歩踏み出した、その時だった。
「……お前は俺に勝てねぇよ」
「っ!?」
低い声が背中へ突き刺さる。
思わず足が止まった。
まさか向こうから話しかけてくるなんて。
しかも第一声がそれか。
相変わらず容赦がない。
振り返ると、アラガは腕を組んだまま俺を見据えていた。
その瞳には、いつもの冷たさしかない。
「……なあ」
せっかく向こうから話しかけてきたんだ。
ここで黙っているのも変だろう。
俺は前から気になっていたことを、そのまま口にした。
「前々から思ってたんだけどさ」
少しだけ苦笑する。
「なんでそんなに俺を敵視するんだ?」
アラガの表情は変わらない。
「俺、何かしたっけ?」
本当に心当たりがない。
授業で揉めたこともない。
喧嘩を売った覚えもない。
なのに、初めて会った頃からアラガは俺を見るたびに敵意を隠そうとしなかった。
ずっと不思議だった。
「……」
少しの沈黙。
やがてアラガは静かに口を開く。
「お前がくだらない夢を追い続ける限り」
その声には感情が乗っていない。
なのに、不思議なほど重かった。
「俺は、お前を阻む」
短く言い切る。
「嫌なら、とっとと諦めろ」
「……」
くだらない夢。
その言葉だけで、何を指しているのか分かった。
勇者。
俺が目指しているものだ。
以前も似たようなことを言われた覚えがある。
つまり、アラガは勇者になるという夢そのものを否定している。
でも、それだけでここまで敵視するものだろうか。
疑問ばかりが増えていく。
「……もしかして」
思いついたことを、そのまま口にした。
「勇者のこと、嫌いなのか?」
他に理由が思いつかない。
勇者という言葉を出すたび、アラガは明らかに反応していた。
何かある。
そう思わずにはいられなかった。
「嫌い?」
アラガは小さく呟く。
そして、ゆっくり首を横へ振った。
「少し違う」
「え?」
思わず聞き返す。
違う?
じゃあ、何なんだ。
アラガは俺を真っ直ぐ見据えたまま、右拳を強く握り締める。
関節が白くなるほど力が入り、爪が皮膚へ食い込んでいく。
ぽたり、と赤い雫が床へ落ちた。
血だ。
それでも本人は痛みなど感じていないようだった。
「俺は――」
一拍置く。
その声は、今まで聞いたどの言葉よりも低く、重かった。
「勇者の犯した罪を、絶対に許さない」




