第11章ー64
「ふぅ……」
小さく息を吐く。
医務室を出て、闘技場へ続く通路を歩くたび、不思議なくらい心臓の鼓動が速くなっていくのが分かった。
さっきクロノ寮長と戦う時とは違う。
あの時は、とにかく目の前の相手に食らいつくことで精一杯だった。
けれど今回は違う。
相手が誰なのか。
その実力を知ってしまっている。
だからこそ、余計に緊張してしまう。
「はぁ……」
思わずもう一度ため息が漏れた。
次の相手は――アラガ。
あの一回戦は、今でも脳裏に焼き付いて離れない。
学園最強と謳われるレイジ先輩。
そのレイジ先輩が、ほとんど何もさせてもらえないまま敗れた。
あれは試合というより、一方的な制圧だった。
しかも。
あれで全力だったとは、とても思えない。
まだ何か隠している。
そんな余裕すら感じさせる戦い方だった。
対する俺はどうだ。
クロノ寮長との試合は、本当に紙一重。
能力の相性。
運。
ほんの少しの読み勝ち。
いろいろな要素が噛み合って、ようやく勝てただけだ。
客観的に見れば、実力差は明らかだった。
「勝ちはしたけど……」
素直に喜べる内容じゃない。
むしろ、今の試合を見た観客のほとんどはこう思っているはずだ。
――次はサダメが負ける。
俺だって同じ立場なら、そう予想する。
アラガには、それだけの実力がある。
圧倒的な魔力量。
隙のない氷魔法。
相手の行動を瞬時に見切る対応力。
どれを採っても、一級品。
弱点らしい弱点がまるで見当たらない。
「……どう戦えばいいんだ?」
考えれば考えるほど答えは遠ざかる。
作戦を立てようにも、決定打が浮かばない。
……いや。
浮かぶわけがない。
相手は、あのアラガなんだから。
「なんか……」
胸の辺りをさする。
「胸焼けしてきたかも」
ズーン、と胃の奥が重い。
これ絶対ストレスだ。
まだ試合も始まってないのに、身体が勝手に悲鳴を上げ始めている。
やばい。
医務室を出る前に、もう一回治癒魔法をお願いしておけばよかったかな。
……いやいや。
治癒魔法は精神的ダメージまで治してくれないだろ。
むしろ先生に、
『それは胃薬飲め』
とか言われそうだ。
そんなくだらないことを考えているうちに、少しだけ肩の力が抜けた。
よし。
少し落ち着いた――。
「……っ!」
その瞬間だった。
通路の角を曲がった先で、一人の人影が立ち止まる。
俺も思わず足を止めた。
目が合う。
黒髪。
冷たい眼差し。
全身から漂う、張り詰めた空気。
「……」
アラガ。
まるで待ち構えていたかのように、次の対戦相手が目の前に立っていた。




