第11章ー59
「はっ!」
短く息を吐き、俺は左拳を一直線に振り抜く。
狙うのは顔面。
これで終わる。
魔法を封じられたレールステンに、この一撃を受け止める術はない。
俺の拳へ視線を固定しているあの目も、おそらく狙いは一つ。
――カウンター。
追い詰められた相手が最後に選ぶ手段としては妥当だ。
こちらの攻撃を見切り、一瞬の隙を突く。
だが、その程度なら想定済みだ。
(誘い込めばいい)
俺はあえて右半身に僅かな隙を作る。
攻撃が届きそうで届かない絶妙な間合い。
レールステンが右拳でも蹴りでも打ち込んできた瞬間、その部位だけを《部分魔力強化》で強化する。
魔法を使えない相手の攻撃では、俺の防御は抜けない。
弾かれたところへ追撃を入れれば終わりだ。
勝負は決した。
そう判断した、その瞬間――。
「ぶっ!」
「っ!?」
レールステンが勢いよく血を吹き出した。
狙いは、俺の顔。
鮮血が空中に散り、真正面から降りかかる。
避ける暇はない。
血飛沫が眼鏡へ張り付き、赤い膜となって視界を覆った。
「……!」
完全に見えなくなったわけではない。
だが、それで十分だった。
魔力の流れが、滲む。
輪郭がぼやける。
細く流れる魔力の筋が、血で歪んだレンズ越しでは判別しづらい。
(そういうことか)
ようやく理解した。
こいつの狙いは俺自身ではない。
俺の"目"だ。
魔力の視覚化は万能ではない。
細かな魔力の流れを読むには、高い集中力と正確な視界が必要になる。
俺は生まれつき視力が悪い。
眼鏡がなければ日常生活すら不自由するほどの近眼だ。
だからこそ、この眼鏡は俺にとって戦闘そのものと言っていい。
血でレンズが汚れただけ。
普通なら、それだけの話だ。
しかし俺の能力は違う。
弱点となる魔力の流れは髪の毛より細く、常に身体中を巡り続けている。
それを正確に見極めるだけでも容易ではない。
ましてや相手の魔力を上下へ分散させ、循環を乱すように殴るなど、適当に拳を当てればできる芸当ではない。
この技術を身につけるまで、俺は三年近く費やした。
誰にも教わらず、ただ一人で。
だから断言できる。
同じことができる人間は、学園内どころか王国中を探してもほとんどいない。
だが――。
その繊細さゆえに、視界の乱れは致命的だった。
(やられたな)
偶然ではない。
レールステンは最初からこれを狙っていた。
能力そのものではなく、それを成立させる条件を崩しにきたのだ。
単純だが、実に効果的な一手。
思わず感心しかけた、その刹那。
「はあっ!!」
「っ!」
拳がわずかに逸れた。
視界の狂いに意識を奪われ、狙いが数センチずれる。
その誤差を修正しようとした瞬間、身体の軸までぶれた。
しまった。
反射的に左足が半歩引く。
本来なら踏み込み切るはずだった身体が、中途半端に止まってしまう。
重心が後ろへ流れる。
その一瞬を、レールステンは見逃さなかった。
右脚が鋭く跳ね上がる。
狙いは顎。
体勢を崩した今、その蹴りを《部分魔力強化》で受け流す余裕はない。
なら、避けるしかない。
俺は咄嗟に上体を反らす。
風を切る音。
蹴りが鼻先をかすめる。
直撃だけは免れた。
――そう思った。
次の瞬間。
「……!」
乾いた音が響く。
レールステンの蹴りは俺の顔ではなく、眼鏡のフレームを正確に捉えていた。
眼鏡が宙を舞う。
夜の照明を反射しながら、ゆっくりと回転するレンズ。
そして、そのままリングの外へ弾き飛ばされた。




