第11章ー58
「ほお?」
思わず声が漏れた。
コールスタッシュ先生が、ここまで他人を買うような発言をするのは珍しい。
しかも相手は、あのレールステンだ。
俺は自然と興味を引かれていた。
確かに、あいつの噂は耳にしている。
学園の外で何度も大きな事件へ巻き込まれ、そのたびに生還してきたこと。
もちろん功績はレールステン一人のものではない。
共に戦った仲間がいてこその結果だ。
だが、その中心にはいつもあいつがいたと聞く。
初任務で盗賊団との交戦。
夏休みには十死怪クラスの魔物との死闘。
休み明けには迷宮で伝説の龍族、さらに吸血鬼族との戦い。
……どれも、一学生が経験するにはあまりにも異常な出来事だ。
普通なら、一度でも命を落としていておかしくない。
それを幾度となく潜り抜けてきた。
そう考えれば、先生の言葉にも納得がいく。
「後先考えてるようで考えてねぇ」
先生は苦笑しながら煙草を指先で挟む。
「けどな。あいつは自分より先に他人を生かすことを選ぶ。その結果、毎回こっちの予想を超える成果を持って帰ってきやがる」
そこで一度言葉を切り、肩をすくめた。
「まぁ、自分のことは後回しだから見てる方はヒヤヒヤしっぱなしだがな」
思わず苦笑が漏れる。
「……確かに。それは、とんでもないですね」
自己犠牲。
言葉にするのは簡単だ。
だが、実際に行動へ移せる人間はほとんどいない。
命の危機に立たされた時、人は本能的に自分を守ろうとする。
それが普通だ。
にもかかわらず、あいつは他人を優先する。
だからこそ、生き残ってきた。
いや。
だからこそ、死と隣り合わせになってきたのだろう。
先生が「危なっかしい」と評した意味も、今なら理解できる。
少し考え、ふと口を開いた。
「自己犠牲で他人を助ける、ですか」
どこかで聞いたことのあるような人物像だった。
だから、何気なく口にした。
「……なんだか、勇者みたいですね」
その瞬間だった。
「…………」
先生の表情が変わる。
さっきまで浮かべていた苦笑は消え失せ、無言のまま夜空を眺めていた。
夜風だけが静かに吹き抜ける。
煙草の煙がゆっくりと夜空へ溶けていく。
返事はない。
否定も、肯定も。
ただ、妙な沈黙だけが二人の間に流れていた。
(……何か、まずいことを言ったか?)
冗談のつもりだった。
だが先生の反応を見る限り、何か気に触る言葉だったらしい。
謝るべきか。
それとも、このまま話題を変えるべきか。
迷っていた、その時だった。
「あ、あのー! 遅れてすいませーん!」
聞き慣れた声が夜の静寂を破る。
「!」
振り向くと、寮の入口へ駆け寄ってくるレールステンの姿があった。
その隣には、ミオ・チヤドールもいる。
二人とも肩で息をし、かなり急いで戻ってきたことが一目で分かった。
俺の姿を見つけるなり、揃って深々と頭を下げる。
「す、すみません!」
「ご、ごめんなさい!」
慌てた様子に思わず時計へ目を向ける。
門限を過ぎて、およそ一時間。
話に夢中になっていたせいで気付かなかったが、随分と遅い時間になっていたらしい。
「……まったく」
軽く息を吐きながら立ち上がる。
説教の一つでもしてやろうかと思ったが、二人とも疲労困憊だ。
これ以上何か言う気にはなれなかった。
すると先生もベンチから腰を上げる。
去り際、レールステンへ向けて軽く手を振った。
「んじゃ、明日はせいぜい頑張れよ」
「あっ、はい!」
レールステンは疲れた顔のまま、それでも元気よく返事をする。
「お休みなさい!」
先生はそれ以上何も言わず、夜道へと歩き去っていった。




