第11章ー57
状況は、間違いなく俺が支配していた。
レールステンは魔法を封じられ、まともな反撃手段を失っている。
対して俺は、身体強化こそ制限されているとはいえ、基礎魔法は問題なく扱える。能力も健在だ。
戦力差は歴然。
ここから奴が逆転する可能性など、理屈で考えれば存在しない。
勝負は、もう決まっている。
……そのはずだった。
「……」
俺は静かにレールステンを見据える。
肩で荒く息をし、全身は傷だらけ。
鼻血を流し、今にも倒れそうなほど消耗している。
普通なら、とうに心が折れている状態だ。
だが――。
あいつの目だけは違った。
諦めの色が、一切見えない。
いや、それどころか。
何かを見据えるような真っ直ぐな眼差し。
追い詰められた人間特有の焦燥ではない。
まるで、何かを狙っているような目だった。
(……何を考えている)
この状況で打開策などあるはずがない。
魔法は使えない。
能力差も埋まらない。
俺の"目"を突破する方法など存在しない。
それなのに、あいつはまだ戦う気でいる。
その理由だけが分からなかった。
「ッ……」
思考を巡らせながら、左拳へ魔力を集中させる。
筋肉を軋ませるほどの身体強化。
拳に収束していく魔力の流れが、自分の視界にも鮮明に映る。
制限があるとはいえ、この試合で放てるほぼ最大出力。
まともに受ければ、レールステンでも立ってはいられない。
これで終わりだ。
そう結論づけた、その時だった。
「……」
不意に、一人の男の顔が脳裏をよぎる。
コールスタッシュ先生。
レールステンの担任であり、俺も何度か話をしたことのある教師だ。
あれは――。
魔闘祭前日の夜だった。
◇
レールステンの帰りを待ちながら、俺は寮の前にあるベンチへ腰を下ろしていた。
寮の施錠は寮長である俺の役目だ。
あいつは毎日のように夜遅くまで訓練しているため、帰ってくるまでは鍵を閉められない。
その日も例外ではなかった。
夜風が静かに吹き抜ける中、近くではコールスタッシュ先生が煙草をふかしていた。
寮内は全面禁煙。
だから先生は、こうして外で吸うしかないらしい。
煙草の煙が夜空へ細く溶けていく。
他愛のない雑談から、自然と翌日の魔闘祭の話題になった。
「レールステンのやつ、こんな日まで特訓ですか」
俺は苦笑しながら言った。
「明日が本番だというのに、本当によく頑張りますね」
先生は煙をゆっくり吐き出し、夜空を見上げたまま肩をすくめる。
「むしろ明日に向けてやんなきゃいけねぇ課題があるからな。せいぜい恥かかねぇ程度の成果が出りゃいいが」
どうやら、まだ課題を与えているらしい。
魔闘祭直前になってもなお鍛え続ける姿勢は、ある意味あいつらしいとも思った。
「言っとくが、手ぇ抜く必要はねぇぞ」
先生がこちらへ視線を向ける。
その言葉に、俺は静かに頷いた。
「ええ。もちろんです」
最初からそのつもりだった。
手加減など相手のためにならない。
弱点は、自分自身で乗り越えてこそ意味がある。
特にレールステンのように、高い理想を掲げている人間ならなおさらだ。
だから俺は、全力で叩き潰すつもりだった。
だが、一つだけ疑問が残っていた。
「あいつ、大丈夫なんですか?」
先生が眉を動かす。
「人に向かって魔法を撃てないんでしょう?」
俺は以前聞いていた話を思い返す。
対人戦で魔法が撃てない。
それは致命的な欠点だ。
精神的な問題なら、数日で克服できるとは到底思えない。
「何か策でもあるんですか?」
先生は煙草を灰皿へ押し付け、短く笑った。
「さあな」
あっさりした返答だった。
「結局は、あいつ次第だ」
やはりそうか。
そう思った次の瞬間。
先生はどこか確信を持ったような声音で続けた。
「けどな」
俺は思わず聞き返す。
「けど?」
先生はニヤリと口角を上げた。
まるで、とんでもない怪物でも知っているかのように。
「――タガが外れた時のあいつは、とんでもねぇぞ」




