第11章ー54
「魔力の流れを……視覚化?」
思わず聞き返す。
魔力感知なら知っている。
相手のおおよその位置や魔力反応を探るための基礎技能だ。
でも、その流れまで見えるなんて聞いたことがない。
クロノ寮長は小さく頷き、静かな口調で説明を続けた。
「魔力感知の発展形と言えば分かりやすいかもしれないな」
眼鏡の奥の視線は、まっすぐ俺へ向けられている。
「通常の魔力感知では、相手の魔力を大まかに捉える程度だ。だが俺の目は、それをさらに細分化して認識できる。魔力がどこから流れ、どこへ巡っているのか。その流れそのものが見える」
「……」
そんなことが可能なのか。
頭では理解しようとしているのに、現実味がまるで湧かない。
「もちろん常に見えているわけじゃない。ある程度集中する必要がある」
寮長は淡々と言葉を続ける。
「試合開始直後、俺が動かなかったのは、そのためだ」
「……そうか」
ようやく腑に落ちた。
俺は、寮長がこちらの出方を窺っているんだと思っていた。
だから自分も様子見を選んだ。
でも違った。
あの数秒間、寮長は俺の魔力そのものを観察していたんだ。
つまり、試合開始の時点で既に俺は分析されていたということになる。
そう考えると、背筋が寒くなった。
「魔力の流れが見えるようになると、自然と強く流れている場所と弱く流れている場所も分かる」
寮長は自分の胸元へ軽く指を当てる。
「人が魔法を使うには、血液と同じように魔力を循環させる必要がある」
血液と同じ。
確かに先生も似たようなことを言っていた。
魔力は体内を巡り続けることで初めて安定して扱える、と。
「俺は、その流れが弱くなっている箇所へ正確に衝撃を与え、一時的に魔力の循環を乱している」
「……ッ!」
「持続時間は数秒程度だが、その間は魔法をまともに扱えなくなる」
だから俺は部分魔力強化が使えなかったのか。
魔力そのものを封じたんじゃない。
流れを止められていただけ。
「今なら、もう使えるはずだ」
そう言われ、恐る恐る右腕へ魔力を流してみる。
「……ッ!?」
発動した。
さっきまで何をやっても動かなかった魔力が、嘘みたいに腕へ集まっていく。
【部分魔力強化】が元通り使える。
「ほ、本当だ……!」
思わず感嘆の声が漏れる。
だが、その一瞬の油断が致命的だった。
「だっ!?」
コツン。
軽い衝撃。
寮長の指先が額へ当たっただけ。
ただのデコピン。
それだけだった。
なのに。
「……ッ!」
身体の中を妙な違和感が駆け巡る。
さっきと同じだ。
魔力が動かない。
再び【部分魔力強化】が発動しなくなっていた。
しまった。
せっかく魔力が戻ったのに。
目の前にいる相手へ意識を向けるべきだったのに。
能力の凄さに気を取られ、自分から隙をさらしてしまった。
なんて間抜けなんだ。
「言っておくが」
寮長は一歩も動かないまま静かに続ける。
「全身を部分魔力強化で覆ったとしても、魔力の流れには必ずどこかに綻びが生まれる。たとえ相手が魔物だったとしても、一切の例外はない」
眼鏡の奥の瞳が鋭く細められる。
「俺は、その綻びを見逃さない」
言葉に迷いはない。
長年積み重ねてきた経験が、その一言一言から伝わってくる。
「理解したか」
「……」
俺は答えられなかった。
「お前は、もう魔法をまともに使えない」
その宣告は、あまりにも静かだった。
だからこそ重い。
「俺はこれから一定の間隔で、お前の魔力を止め続ける」
淡々と事実だけを並べる。
「魔力で身体を守れない以上、どんな攻撃でも確実に通る」
そして、額を軽く指差した。
「さっきのデコピンですら、痛かっただろ」
「……ッ」
反論できない。
たったあれだけで、あれほど痛かった。
もし拳なら。
もし蹴りなら。
まともに受け続ければ立っていられる自信なんてない。
「これ以上痛い思いをしたくないなら」
寮長は静かに告げる。
「降参しろ」
会場が静まり返る。
歓声も実況も耳へ入らない。
俺の頭の中には、その言葉だけが響いていた。
なるほど。
寮長が自分の能力を隠さず話した理由は、俺を追い詰めるためじゃない。
これ以上無意味に傷付けないためだ。
勝負はもう決まっている。
だから降参してほしい。
そう伝えてくれているんだ。
だけど――。
俺の目の前には、まだリングがある。
立ち上がる力も残っている。
ここで終わるのか。
それとも、最後まで足掻くのか。
俺は今、その二つの選択を突き付けられていた。




