第11章ー53
「ど、どういうこと……」
困惑する俺をよそに、クロノ寮長は小さく息を吐いた。
「それは試してみれば分かる」
次の瞬間だった。
地面を蹴る音と同時に、寮長の姿が一気に目前まで迫る。
速い。
また近接戦か。
今度こそ受け止める。
そう決めた俺は、反射的に右腕へ【部分魔力強化】を発動させようとした。
「……ッ!?」
――発動しない。
身体の中で魔力を動かそうとしても、思うように流れてくれない。
まるで魔力の通り道を何かで塞がれているような、ひどい違和感。
なんでだ。
どうして発動しない。
一瞬の迷い。
その隙を、クロノ寮長は見逃さなかった。
「ふんっ!」
「がっ……ああっ!?」
鈍い衝撃が右腕を突き抜け、そのまま全身へ響き渡る。
慌てて腕で受けたものの、防御魔法を使えなかったせいで衝撃をまともに受けてしまった。
痛い。
さっきとは比べものにならない。
骨まで軋むような激痛に、思わず歯を食いしばる。
『おーっと!? クロノ選手、間髪容れずに追撃だー!!』
『ですが、不思議ですね。今の一撃は最初より威力が落ちているはず。それなのにサダメ選手のダメージは明らかに大きい』
アルク先輩が冷静に状況を分析する。
『これは恐らく、クロノ選手の術中に完全に嵌ってしまったのでしょう』
「くっ……!」
踏ん張ろうとしても足に力が入らない。
そのまま膝をつき、荒く息を吐く。
痛い。
本当に痛い。
魔物と戦っていた時だって、こんな痛みは何度も味わってきた。
なのに。
今の拳は、それ以上に重く感じた。
いや。
違う。
拳が強くなったんじゃない。
俺が弱くなっている。
【部分魔力強化】が使えない。
だから肉体だけで受け止めるしかなくなった。
たったそれだけで、人の拳はここまで凶器になるのか。
「どうだ?」
顔を上げると、クロノ寮長は追撃せず、その場に立ったまま俺を見下ろしていた。
「変な感覚だろ」
「……ッ」
その言い方。
まるで今の状態になることを最初から知っていたようだった。
やっぱり。
この人が何かしたんだ。
でも、一体どうやって。
魔法を使ったようには見えなかった。
罠も張っていない。
詠唱もない。
それなのに、俺の魔力だけがおかしくなっている。
考えれば考えるほどわけが分からない。
そんな俺の表情を見て、クロノ寮長は静かに口を開いた。
「言っておくが、俺が使える魔法は基礎魔法だけだ」
「……ッ!?」
思わず目を見開く。
基礎魔法だけ?
つまり【脱兎跳躍】や【部分魔力強化】くらいしか扱えないということか。
そんなはずがない。
それだけで俺をここまで追い詰められるなんて。
だったら、この身体の異変は何なんだ。
「ただ――」
寮長は落ち着いた声で続ける。
「俺は昔から少し変わった体質を持っていてな」
その口調はどこまでも穏やかだった。
勝ち誇るでもなく、自慢するでもなく。
ただ事実を説明しているだけ。
「要するに、特異体質というやつだ」
特異体質。
その単語を聞いた瞬間、俺の鼓動が一段と速くなる。
ミオやレイジ先輩が持っている特殊な体質。
目の前にいるクロノ寮長もまた、その力を持つ一人だったのか。
寮長は眼鏡を軽く押し上げ、真っ直ぐ俺を見据える。
その瞳は、まるで俺の身体の奥底まで見透かしているようだった。
「俺は――相手の魔力の流れを視覚化できる体質なんだ」




