第11章ー50
「奇遇だな、レールステン」
「そ、そうですね」
まさか試合直前に対戦相手と鉢合わせになるなんて思ってもいなかった。
しかも相手はクロノ寮長。
知り合いとはいえ、これから戦う相手だ。
どう接すればいいのか分からず、ぎこちない返事しかできない。
……気まずい。
補習帰りに夜の廊下でばったり会った時より、今の方が何倍も気まずかった。
そんな俺とは対照的に、クロノ寮長はいつもと変わらない穏やかな表情を浮かべていた。
試合前だからといって気負っている様子もなく、ごく自然に俺へ歩み寄ってくる。
「今日はお互い、悔いのない試合にしよう」
「……ッ!」
そう言って、寮長は静かに左手を差し出した。
握手。
ほんの些細な行動なのに、不思議と胸の奥が少しだけ軽くなる。
その表情にも、その仕草にも、敵意はまるで感じられない。
勝負を前にしているはずなのに、相手を威圧するでもなく、揺さぶるでもなく、一人の競技者として向き合おうとしてくれている。
その誠実さが、妙に嬉しかった。
「……はい! よろしくお願いします!」
俺も手を伸ばし、その手をしっかり握り返す。
大きくて力強い手。
けれど、その力は決して乱暴ではなく、どこか安心感があった。
不思議だ。
さっきまであれほど緊張していたのに、この人となら全力でぶつかり合えそうな気がしてくる。
「あの人からは大方の話を聞いている」
握手を終えると、クロノ寮長が静かに切り出した。
「課題は克服できそうか?」
「あー……どうですかね。まだ実戦で試してないんで」
コールスタッシュ先生のことだ。
俺の課題や弱点について、寮長へ話していても不思議じゃない。
普通なら、自分の弱点を対戦相手に知られていると思うだけで嫌な気分になる。
それなのに、不思議とそんな感情は湧かなかった。
クロノ寮長が探りを入れているようには思えなかったからだ。
ただ純粋に、俺のことを気に掛けてくれている。
そんな風にしか感じられなかった。
「そうか」
寮長は小さく頷く。
「この大会は安全面もしっかり考慮されている。弱点を克服するには、これ以上ない機会だ」
穏やかな口調のまま続ける。
「遠慮せず試してみるといい」
「はい。そのつもりです」
自然と笑みがこぼれた。
先生もそうだけど、この人も人を安心させるのが上手い。
張り詰めていた気持ちが、少しずつほぐれていくのが自分でも分かった。
すると、寮長はふっと口元を緩めた。
「……まあ、俺相手だと、そんな余裕もないかもしれないがな」
「……え?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
冗談なのか。
それとも忠告なのか。
その表情からは読み取れない。
穏やかな笑みは崩れないままなのに、その一言だけが妙に引っ掛かった。
まるで、自分の実力に絶対の自信を持っているような――。
いや。
自信というより、単純な事実を口にしただけのようにも聞こえる。
その真意を尋ねようと口を開きかけた、その時だった。
「もう時間だ。急ごう」
寮長が時計へ目を向け、そう言った。
「あ、はい!」
結局、さっきの言葉の意味を聞く暇はなかった。
俺は慌てて返事をし、先を歩き始めた寮長の後を追う。
試合会場へ続く廊下を並んで歩く。
もうすぐ始まる。
俺にとって初めての魔闘祭。
そして、最初の大一番。
隣を歩くクロノ寮長の背中を見つめながら、俺は改めて拳を握り締めた。
この人を超えなければ、その先へは進めない。
なら、全力でぶつかるだけだ。




