↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生勇者が死ぬまで10000日  作者: 慶名 安
1章 転生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/820

第1章ー6

 あの一件から、さらに二年の月日が流れていた。


 あれから自分は、ほぼ毎日鍛錬を続けている。


 魔法の訓練はもちろん、体力作りに筋力トレーニング、剣術、体術。昼間は父から戦いの技術を叩き込まれ、夜は母から読み書きや、この世界についての知識を教わる。


 朝から晩まで、休む暇もない。


 正直に言えば、最初の頃は何度も心が折れかけた。


 前世では、こんなに必死になって何かを続けた経験なんてなかったのだ。疲れたら休む。面倒なら後回しにする。そんな生活を送っていた自分にとって、今の毎日はあまりにも過酷だった。


 それでも、途中で投げ出すわけにはいかない。


 両親が自分のためを思って教えてくれていることを、無下になんてできないからだ。


 そして何より――強くなると決めたのは、ほかでもない自分自身なのだから。


 覚悟なら、とっくにできている。


 「……ふぅ……」


 今日も、朝一番の魔力制御訓練が始まった。


 課題は、【火球《フレール》】を本来の四割程度の威力で放つこと。


 言葉にすれば簡単そうだが、これがなかなか難しい。


 以前の自分は、魔力をまともに制御できていなかった。全力で魔法を放てば、家どころか周囲まで巻き込んでしまいかねない。


 実際、初めて魔法を使ったときには、とんでもない威力の火球を生み出してしまった。


 後になって、あのとき父がなぜ詠唱を止めなかったのかと尋ねたのだが……その答えを聞いた瞬間、背筋が凍りついた。


 どうやら父は、自分が自分で魔法を制御できると信じていたらしい。


 結果はご覧の有様だ。


 家族を守るために強くなろうとしていたのに、下手をすれば自分の手で家族を殺しかけていた。


 ――笑えない冗談にも程がある。


 だからこそ、今の訓練は欠かせない。


 焦るな。力を込めすぎるな。


 そよ風が吹くように、ゆっくりと魔力を細めていく。必要な分だけを取り出し、形を整え、炎へと変換する。


 集中しろ。


 魔力の流れを乱すな。


 そして――。


 「――【火球《フレール》】!」


 掌の先で、小さな炎が弾けた。


 規模は小さい。だが、余計な魔力の暴走はない。


 炎が消えるのを見届け、恐る恐る父の顔を窺う。


 父は腕を組んだまま、自分の手元を鋭い眼差しで見つめていた。


 沈黙。


 ……長い。


 たった数秒のはずなのに、何時間にも感じられる。


 やがて父は、ゆっくりと頷いた。


 「……よし。合格だ。次は剣の稽古だな!」


 「っ……! はい!」


 ようやく息を吐く。


 この訓練は、父から合格をもらえなければ何度でもやり直しだ。失敗すれば最初から。少しでも魔力の制御に乱れがあれば、容赦なくやり直しを命じられる。


 おかげで、精神力ばかりが鍛えられている気がする。


 いや、実際に鍛えられてはいるのだろうけど。


 そして、次に待っているのは剣術の稽古だ。


 「よーし! どんどん打ち込んでこい!」


 父は木剣を構え、満面の笑みを浮かべた。


 この稽古のルールは簡単。一時間以内に、木剣で父の身体に一度でも攻撃を当てられれば自分の勝ち。


 そして勝者には、母お手製のパウンドケーキを独り占めできる権利が与えられる。


 ――なお、自分は一度も勝ったことがない。


 「太刀筋が読みやすいぞ! 手数も少ない! 相手をよく見ろ、サダメ!」


 「は、はい!」


 「攻撃することばかり考えるな! 相手がどう動くか、次に何をするか、常に考えろ!」


 「は、はい!!」


 はいとは言ったものの、実践できるかどうかは別問題だ。


 そもそも、こっちはまだ幼児。対する父は、元騎士団副団長である。


 戦闘経験も身体能力も、何もかもが違いすぎる。


 そんな相手に勝てるわけがないだろう。


 ……いや、だからこそ、どうにかして一発くらい当てたいのだが。


 「はい、時間切れー! 今日も俺の勝ちだな!」


 「ぐぬぬ……!」


 父は勝ち誇ったように笑い、木剣を肩に担いだ。


 ……いい歳して、本当に恥ずかしくないのか、この人。


 「さあ、約束どおり罰ゲームだ!」


 「……はいはい」


 自分は木剣を握り直し、黙々と素振りを始めた。


 罰ゲームは素振り千回。


 ただでさえ疲れているというのに、これがまた地味につらい。腕は重いし、握力も限界に近い。それでも、途中でやめるわけにはいかなかった。


 「四百九十八……四百九十九……五百……!」


 その隣では、父が優雅にパウンドケーキを頬張っている。


 「あー、今日も母さんのケーキは美味しいなぁ!」


 ……絶対これ、ケーキを食べたいだけだろ。


 「お父さん、もしかしてケーキを食べるためにわざと勝ってない?」


 「おっ? 負け惜しみか? 欲しいなら俺に一本でも当ててみろよ!」


 「くっ……!」


 腹立つ。


 いつか絶対に勝ってやる。


 ケーキの恨みは恐ろしいということを、思い知らせてやるからな!


 「二人ともー! 雨が降りそうだから、そろそろ切り上げてー!」


 遠くから母の声が聞こえてきた。


 顔を上げると、空はどんよりとした灰色の雲に覆われていた。湿った風が頬を撫で、草木がかすかに揺れている。


 そういえば、最近は天気がおかしい。


 以前は、こんなに曇りや雨が続くことなどなかったはずなのに、ここしばらくは晴れ間を見ることさえ珍しくなっていた。


 最初は、ただの天候不順だと思っていた。


 季節の変わり目なのかもしれないし、自分が知らないだけで、この地域ではよくあることなのかもしれない。


 だから、そのときは深く考えなかった。


 この異変が、やがて自分たちの日常を大きく変えることになるとも知らずに。


 そして翌日。


 自分は再び、父との地獄の特訓に挑んでいた。


 「よーし! 五秒数えたら始めるぞー!」


 「い~ち、に~、さ~ん、し~い、ごっ!」


 合図と同時に地面を蹴る。


 脚に魔力を集中させ、身体能力を一気に引き上げる。


 【脱兎跳躍《ラジャスト》】。


 瞬間的な加速を生み出す、自分の得意技だ。


 ――だが、届かない。


 「まだまだぁー!」


 父は軽々と自分の突進をかわし、余裕たっぷりに笑っていた。


 くそっ!


 何度も仕掛ける。正面から、斜めから、時にはフェイントを交えて。


 それでも、父はことごとく自分の動きを見切ってしまう。


 「おーい、サダメ! このままだと、今日も俺の勝ちになっちゃうぞー?」


 「うるさいっ!」


 余裕の笑み。


 煽るような声。


 ああ、もう、本当に腹が立つ!


 だが、ただ闇雲に突っ込んでも勝てないことくらい、さすがの自分にも分かっていた。


 ならば、どうするか。


 ……そうだ。


 正面から勝てないのなら、別の方法を使えばいい。


 自分は一度、父から距離を取った。


 そして、これまで以上に魔力を脚へと集中させる。


 狙うのは、最高速度での突進。


 「いくぞぉぉぉっ!」


 地面を蹴り、一直線に駆け出す。


 父が迎え撃つことなく、ひらりと横へ身をかわした。


 「おっと!」


 ――今だ!


 「ぶへっ!?」


 盛大な音を立てて、自分は木に激突した。


 視界がぐらりと揺れる。


 い、痛ぇ……!


 額を押さえながら顔を上げると、父が慌てて駆け寄ってくるのが見えた。


 「サダメ!? おい、大丈夫か!?」


 よし。


 かかった。


 心配している父の表情を確認した瞬間、自分は痛みをこらえて勢いよく飛び出した。


 「もらったぁぁぁっ!!」


 不意打ち。


 事故を装って油断を誘い、相手が助けに来たところを狙う。


 名付けて、事故偽装罠《アクシデントトラップ》!


 我ながら、なかなかの作戦だ。


 これなら、いくら父でも――。


 「……あれ?」


 目の前から、父の姿が消えた。


 次の瞬間。


 「ぶへぇっ!?」


 自分は勢いそのままに地面へ突っ込み、顔面から着地した。


 痛い。


 めちゃくちゃ痛い。


 鼻の奥がつんとし、何か温かいものが垂れてくる。


 ……鼻血だ。


 「はっはっは! 発想は良かったぞー、サダメ!」


 見上げると、父が木の上から手を振っていた。


 いつの間に移動したんだよ!?


 というか、なんで木の上にいるんだ!?


 「くそぉぉぉっ! やっぱり勝てないじゃないかぁぁぁっ!」


 自分の叫びが、森の中に虚しく響き渡った。


 その後、鼻血を出した自分を見た母が、父に向かって水桶を振り下ろした。


 結果、父は頭から水をかぶって悶絶。


 それを見た自分は、腹を抱えて笑い転げた。


 ――なお、騒ぎを起こした罰として、自分たち二人そろって草むしりを命じられた。


 どうしてこうなった。


 そんな騒がしい日々の中でも、父は時折、真剣な顔で自分に教えを説くことがあった。


 「サダメ。相手を知ることは、最強の武器になる」


 ある日の訓練の帰り道。


 父は、いつになく静かな声でそう言った。


 「相手の動きをよく見ろ。何を考え、何をしようとしているのか。行動を読み、思考を読み、その人物を理解するんだ」


 「……相手を理解する、か」


 「そうだ。力で勝てない相手でも、相手を知ることで勝機が生まれることがある。もちろん、知っただけで勝てるほど戦いは甘くない。だが、何も知らずに挑むよりは、ずっといい」


 自分は、父の言葉を頭の中で繰り返した。


 ……確かに、そのとおりかもしれない。


 自分は父のことを、よく知っているつもりだった。


 優しくて、頼りになって、家族を大切にする人。


 そして、息子をからかうのが大好きな、ちょっと困った父親。


 けれど、戦いの場で見せる父の姿は、自分の知っている父とはまるで違う。


 何を考えているのか。どう動くのか。どこに隙があるのか。


 自分は、まだ何も分かっていなかったのだ。


 「ところで、サダメ」


 「ん?」


 「お前は将来、何になりたいんだ?」


 唐突な質問だった。


 将来、なりたいもの。


 前世では、そんなことを真剣に考えたこともなかった。毎日を何となく過ごし、何となく働き、気づけば二十七歳になっていた。


 だが、今は違う。


 強くなりたい。大切な人を守りたい。


 そうした目標はある。


 しかし、それを将来の夢と呼べるのかと言われると、少し違う気もした。


 「うーん……。今のところ、特にないかな」


 「そうか。なら、魔法学園に行くというのはどうだ?」


 「魔法学園?」


 「ソワレル魔法学園だ。俺もそこで学んだんだぞ」


 ソワレル魔法学園。


 この国で唯一の魔法学舎であり、優秀な魔法使いや騎士を数多く輩出してきた場所。


 父がかつて学んでいた場所でもある。


 その名前を聞いた途端、胸の奥が少しだけ熱くなった。


 魔法学園。


 前世では、想像すらしなかった場所だ。


 魔法を学び、仲間と出会い、強くなる。


 そんな未来を思い浮かべると、不思議と心が躍った。


 「……うん。ちょっと、行ってみたいかも」


 「はっはっは! そうかそうか! なら、今からしっかり鍛えておかないとな!」


 「えっ、まだ厳しくなるの!?」


 「当たり前だろう!」


 ……しまった。


 余計なことを言ったかもしれない。


 そんなやり取りを交わしながら、自分たちは家へと帰っていった。


 帰り道、自分はふと思い出し、父の顔を見上げた。


 「ねえ、お父さん。俺、魔法学園――」


 そのときだった。


 視界の端に、何かが映った。


 灰色のローブ。


 それをまとった人物が、父の背後に立っていた。


 ……いつから、そこに?


 足音は聞こえなかった。


 気配も感じなかった。


 まるで、最初からそこに存在していたかのように。


 いや、違う。


 そんなはずはない。


 さっきまで、そこには誰もいなかったはずだ。


 なのに、今はいる。


 灰色のローブをまとった人物が、音もなく、微動だにせず、こちらを見つめている。


 まるでホラー映画のワンシーンだ。


 背筋を、冷たいものが這い上がった。


 何だ、あれ。


 誰だ、あいつ。


 どうして、そんなところに――。


 「お、おとう――」


 声が震えた。


 父に知らせようとした、その瞬間。


 父がこちらの異変に気づいたのか、背後を振り返った。


 そして。


 「爆ぜる焔よ――」


 父の口から、詠唱が紡がれた。


 速い。


 いつもの訓練で聞くものとは違う。


 鋭く、迷いがなく、一瞬の隙すら感じさせない。


 それは、元騎士団副団長として培ってきた戦士の本能が、危険を察知した証だった。


 父の右手に、炎が宿る。


 魔力が膨れ上がり、空気が震えた。


 自分は、その光景を見つめていた。


 父なら大丈夫だ。


 父は強い。


 どんな相手が現れたとしても、きっと――。


 そう思った、次の瞬間。


 父の右手が、宙を舞った。


 「…………え?」


 何が起きたのか、分からなかった。


 ついさっきまで、そこにあったはずの父の腕。


 炎をまとい、敵へと向かおうとしていた右手。


 それが、身体から切り離され、赤い飛沫を散らしながら空中を舞っていた。


 血が、舞う。


 赤い雫が、地面に落ちる。


 父の詠唱が途切れた。


 音が消えた。


 風の音も、木々のざわめきも、何も聞こえなくなった。


 自分はただ、目の前の光景を見つめることしかできなかった。


 ――父さんの、右手が。


 切り落とされた。


 世界が、止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。