第1章ー⑥
あの一件から、さらに二年の月日が流れていた。
あれから俺は、ほぼ毎日鍛練を続けている。
魔法の訓練だけでなく、体力作り、筋トレ、剣術、体術。
昼は父に戦いの技術を叩き込まれ、夜は母に読み書きと知識を教わる。
最初は正直、心が折れかけた。
だが――両親が好意でしてくれていることを無下にはできない。
そして何より、強くなると決めたのは俺自身だ。
覚悟は、とっくにできている。
「……ふぅ……」
今日も魔力制御訓練から始まる。
内容は【火球】を“四割の威力”で撃つ練習。
以前、俺は魔力を制御できなかった。
全力で放てば、家ごと吹き飛ぶ危険がある。
父があのとき詠唱を止めなかった理由を聞いたとき、冷や汗が止まらなかった。
家族を守るための訓練で、家族を殺しかけていた。
――笑えない冗談だ。
そよ風のように魔力を細め、炎へ変換する。
「――【火球】!」
小さく炸裂する炎。
父の鋭い視線。
沈黙。
「……よし。合格だ。次は剣だ」
その一言で、ようやく息を吐く。
合格が出ない限り、永遠に繰り返される地獄。
精神的にも削られる。
「いいぞー! どんどん打ち込んでこい!」
剣の稽古。
一時間以内に木剣で父の身体に一度でも当てれば勝ち。
ご褒美は母のパウンドケーキ独り占め。
――なお、勝ったことは一度もない。
「太刀筋が読みやすい!
手数が少ない!
相手をよく見ろ!」
「は、はい!」
素人幼児が元騎士団副長に勝てるわけがない。
だが父は今日も楽しそうに煽ってくる。
「はい時間切れ~!
今日も俺の勝ち~!」
……いい歳して本当に恥ずかしくないのか、この人。
「499……500……501……」
素振り千回の罰ゲーム。
その横で父はケーキを頬張る。
「あー、今日もお母さんのケーキは美味しいなぁ~」
……絶対これ、ケーキ食べたいだけだろ。
「父さん、ケーキ食べるために勝ってない?」
「負け惜しみか~?
欲しいなら当ててみろよ~?」
本当に腹立つ。
「二人ともー!
雨降りそうだから切り上げてー!」
母の声。
曇天。湿った風。
最近、この村の天気はおかしい。
連日続く曇りと雨。
以前は存在しなかった“異常”。
そのときは、ただの天候不順だと思っていた。
――この先に繋がる前兆だとは、まだ知らなかった。
翌日。
スリップタッチの訓練。
「五秒数えたら始めるぞー」
「い~ち、に~、さ~ん、し~い、ごっ!」
脱兎跳躍。
脚に魔力を込め、一気に踏み込む。
――だが届かない。
「まだまだぁー!」
何度も突進。
何度もかわされる。
「このままだと今日も俺の勝ちかな~?」
余裕。
煽り。
悔しい。
だから策を使った。
最高速度で突進し――
「うおっ、と」
父が避ける。
「ぶへっ!?」
木に激突。
衝撃で視界が揺れる。
「サダメ!? 大丈夫か!?」
父が駆け寄る。
――その瞬間。
「もらったぁぁ!!」
飛びかかる。
事故偽装罠。
――だが。
父の姿が消える。
「ぶへぇっ!?」
顔面から着地。
鼻血。
木の上から父の声。
「発想は良かったぞー、サダメー!」
くそ、やっぱり勝てない。
その後。
母の水桶制裁。
父悶絶。
俺爆笑。
……そして二人そろって草むしり刑。
「相手を知ることは、最強の武器だ」
父の声は、いつになく静かだった。
「行動を読め。
思考を読め。
相手を理解しろ」
……確かに。
俺は父を“知ったつもり”だった。
「将来、なりたいものはあるか?」
「特にないかなー」
「なら、魔法学園はどうだ?」
ソワレル魔法学園。
父が学んだ場所。
この国唯一の魔法学舎。
不思議と胸が高鳴った。
家へ戻る途中。
「ねえ父さん。
俺、魔法学園――」
そのとき。
視界の端。
灰色のローブ。
父の背後。
音もなく、気配もなく。
寒気が背骨を這った。
「お、おとう――」
父が振り返る。
「爆ぜる焔よ――」
本気の詠唱。
速い。鋭い。迷いがない。
だが。
父の右手が、宙を舞った。
血。
沈黙。
世界が止まる。




