第11章ー37
「……」
拙者はゆっくりと後退しながら、目の前の風の檻を見据える。
焦るな。
まずは観察でござる。
力任せに斬ろうとしても意味はない。
先ほどそれは証明された。
雷電で斬りつけても弾かれるだけ。
今必要なのは力ではなく見極めること。
そう自分に言い聞かせながら、回転する竜巻へ意識を集中させる。
すると、僅かな違和感が目に留まった。
「……む」
竜巻と竜巻の間。
ほんの一瞬だけ。
手が一本通るかどうかという程度の空間が生まれている。
それも一か所ではない。
四方全てに同じような隙間が存在していた。
だが問題はその速度でござる。
竜巻は凄まじい勢いで回転している。
隙間は現れた次の瞬間には別の場所へ移動する。
まるで生き物のように。
いや、それ以上に厄介だ。
迂闊に腕を差し込めばどうなるか。
考えるまでもない。
弾かれるだけならまだいい。
最悪の場合、腕ごと持っていかれる。
木刀どころの話では済まぬでござろう。
「むぅ……」
だが、それでも。
突破口はそこしかない。
この檻を破るには、あの僅かな綻びを突くしかないのでござる。
拙者は静かに息を吐いた。
「……ふぅ」
焦りは禁物。
まずは流れを読む。
回転速度。
風圧の変化。
隙間が現れる周期。
全てを頭の中で整理する。
そして雷電を差し込む瞬間を見極める。
それしかない。
しかし――。
現実はそんな悠長なことを許してくれない。
じり。
また一歩、後ろへ押される。
風の檻は確実にリング端へ向かって進んでいた。
あとどれくらいだろうか。
振り返らずとも分かる。
場外はすぐそこまで迫っている。
試せる回数は多くない。
二回か。
いや。
恐らく一回。
一撃で決めねば終わる。
その事実が理解できた瞬間、全身に緊張が走った。
失敗は許されない。
もし狙いを誤れば。
雷電を失う可能性もある。
武器を失った状態でこの状況を覆すのは流石に困難だ。
つまり。
この一撃に全てが懸かっている。
一歩。
二歩。
三歩。
後退するたびに心臓の鼓動が強くなる。
だが不思議と恐怖はなかった。
あるのは焦燥と闘志。
負けたくないという想いだけ。
『……やはりマヒロ選手も打つ手なしか!?』
ヒューズ殿の声が聞こえる。
観客席もざわついていた。
きっと多くの者が思っているのであろう。
勝負あった、と。
このまま場外負けだ、と。
だが――。
だからどうした。
拙者はまだ負けておらぬ。
場外へ落ちるその瞬間まで勝負は続いている。
諦める理由などどこにもない。
「……」
静かに呼吸を整える。
そして。
次の瞬間だった。
「――ッ!?」
世界が変わった。
歓声が遠ざかる。
風の音が小さくなる。
全てが静まり返ったような感覚。
いや、違う。
周囲が遅くなったのだ。
竜巻の回転が。
観客の動きが。
舞い上がる砂塵が。
全てがゆっくりと流れて見える。
これは――。
「……まさか」
脳裏に師範の言葉が蘇る。
――鍛え続ければ、そのうち世界が遅く見えるようになる。
昔は理解できなかった。
達人特有の比喩表現ぐらいの認識しかなかった。
だが今の感覚は違う。
本当に遅い。
目で追えなかったはずの流れが見える。
竜巻の回転も。
風の軌道も。
魔力の流れすらも。
まるで目の前に描かれた設計図のように。
鮮明に。
「……なるほど」
自然と口元が緩む。
見える。
見えてしまう。
隙間だけではない。
風が集中している場所。
逆に風圧が弱まる箇所。
力が噛み合っていない部分。
全てが手に取るように分かる。
そして――。
ついに見つけた。
「……そこ」
風と風が交差する一点。
僅かに均衡が崩れている場所。
ほんの一瞬しか現れない弱点。
だが今の拙者には十分だった。
右腕へ魔力を流し込む。
部分魔力強化。
限界まで。
さらに。
さらに。
筋肉が軋むほどに。
雷電を握る手に力を込める。
失敗は許されぬ。
一撃。
たった一撃。
その一振りに全てを懸ける。
「――はぁぁぁッ!!」
次の瞬間。
強化された右腕と共に、拙者は風の檻の綻びへ向かって雷電を振り抜いた。




