第11章ー34
『試合――――開始!!』
ライラック先生の声が闘技場に響き渡る。
同時に観客席から大きな歓声が巻き起こった。
耳を震わせるほどの歓声。
肌に突き刺さるような熱気。
これまで授業や模擬戦は何度も経験してきたけれど、こんな大勢の人に見られながら戦うのは初めてだった。
一瞬だけ足がすくみそうになる。
けれど私は小さく息を吐いて気持ちを切り替えた。
ライラック先生は開始の合図を出すと、すぐにリングの外へと下がっていく。
残されたのは私とマヒロ。
そして勝負の舞台だけだった。
「では、参るでござるよ、ミオ!」
「ッ!?」
声を掛けられ、私は反射的に視線を向ける。
その瞬間、背筋がゾクリと震えた。
マヒロは既に戦闘態勢へ移行していた。
腰を深く落とし、納刀した木刀へ手を添えている。
見慣れた構え。
だけど今はそれが恐ろしく見えた。
私は知っている。
マヒロの剣がどれほど速いのか。
あの人の抜刀術は、一瞬の油断すら許してくれない。
少しでも対応が遅れれば、そのまま試合終了だ。
まずい。
距離を取らないと。
近付かれたら終わる。
「押し返せ、逆境の風よ――!」
私は即座に詠唱を開始した。
試合の勝敗条件は大きく三つ。
相手を戦闘不能にする。
相手を場外へ落とす。
あるいは降参させる。
もちろん反則負けなどもあるけれど、基本的にはその三つだ。
そして――。
私は冷静に自分とマヒロの実力差を理解していた。
正面から戦って勝てる相手じゃない。
少なくとも今の私に、マヒロを戦闘不能にするだけの火力はない。
降参だって期待できない。
あの真面目なマヒロが途中で諦める姿なんて想像できなかった。
ならば勝ち筋は一つ。
リングアウト。
風魔法で押し出す。
それが私にとって最も現実的な勝利条件だった。
「【追い風の軌跡】!!」
両手を前へ突き出す。
次の瞬間、暴風が渦を巻きながら一直線にマヒロへ襲い掛かった。
竜巻のような強烈な風圧。
まともに受ければ立っていることすら難しい。
マヒロは魔法を使えない。
魔妖もない。
この距離からなら――。
そう思った瞬間だった。
「ッ!?」
マヒロの姿が視界からずれた。
いや、違う。
避けたんだ。
横へ。
一瞬で。
しかも異常なほど低い姿勢で。
地面を這うような体勢のまま加速し、暴風の射線から完全に離脱している。
えっ!?
なにあれ!?
あんな姿勢からそんな速度出るの!?
思わず目を疑う。
けれど驚いている暇なんてなかった。
マヒロは既に次の行動へ移っている。
避けた直後には前進準備。
そのままこちらへ飛び込もうとしていた。
まずい!
この距離を詰められたら終わる!
「はあっ!」
気合と共にマヒロが踏み込む。
予想通りだった。
でもだからこそ対策も用意してある。
同じ魔法を撃っても意味はない。
どうせまた避けられる。
必要なのは迎撃。
接近そのものを止めること。
「飛ばせ、暴風の片鱗よ――【飛暴の小嵐】!」
風の塊を連続生成。
狙うのはマヒロ本人じゃない。
その少し手前。
進路上だ。
「ぬっ!?」
マヒロが即座に反応する。
流石だった。
進行方向に発生した風弾を見て、一歩踏み込む直前で足を止める。
あと少し判断が遅れていたら直撃していただろう。
やっぱり凄い。
あの動体視力も反応速度も普通じゃない。
でも――。
今はそれでいい。
私は心の中で小さく安堵した。
今のマヒロは近接戦闘しかできない。
遠距離攻撃は持っていない。
だから私に近付くには必ず接近しなければならない。
つまり進路はある程度予測できる。
本人を狙えば回避される。
だったら最初から進む場所を潰せばいい。
当てるためじゃない。
近付かせないための魔法。
そう考えて放った一手だった。
もちろん、本音を言えば当たってほしかったけど。
そこまで都合良くはいかない。
「ふぅ……」
距離を取り直したマヒロが小さく息を吐く。
けれど不思議なことに、その表情は焦っているようには見えなかった。
むしろ――。
どこか楽しそうだった。




