第11章ー33
「……」
「あ? なんだよ、その目は?」
「……いえ」
思わず視線を逸らした。
先生の答えはあまりにも単純で、あまりにも乱暴だったからだ。
魔物を倒して怪我人を治す。
言葉にしてしまえば確かにそれが一番早い。
でも、それができるなら誰も苦労しない。
そんなの理想論だ。
そう思ってしまったのは事実だった。
すると先生はじっと私の顔を見つめた後、呆れたように鼻を鳴らす。
「お前今、『ガキみたいなこと言ってんじゃねーよ』とか思ったろ?」
「い、いえ!? そこまでは……!」
慌てて否定する。
けれど先生は私の反応を見て、さらに呆れたような顔になった。
「『そこまでは』、ねぇ」
「うっ……」
しまった。
余計な言い方をしてしまった。
完全否定できていない時点で答えを言っているようなものだ。
先生は面白そうに笑うでもなく、ただ深く息を吐いた。
「……まあ、たしかに理想論だ」
「え?」
予想外だった。
てっきり説教でもされると思っていたのに、先生はあっさり自分の言葉を認めた。
「今言ったことは理想だ。誰にでもできる話じゃねぇ」
そう言いながら、先生は廊下の窓の外へ視線を向ける。
夕日に照らされた校庭が赤く染まっていた。
「だがな」
その声は先ほどまでより少しだけ真剣だった。
「現実じゃ、それくらいの力量を求められるようになる」
「……」
「前線で戦って、敵を倒して、怪我人を治す。立派な治癒師を目指すなら、後ろで出番待ちしてる場合じゃねぇぞ」
私は息を呑んだ。
先生は続ける。
「一人でも多く救いたいなら尚更な」
――ッ!
その瞬間、胸の奥が大きく揺れた。
一人でも多く救いたい。
その言葉は真っ直ぐ私の心に突き刺さる。
それはまさしく、私が治癒師を目指した理由だったから。
私は沢山の人を助けたい。
苦しんでいる人を。
傷ついた人を。
悲しみに泣いている人を。
世界中にいる、そんな誰かを救いたい。
だから私はこの学園へ来た。
強くなるために。
治癒魔法を学ぶために。
そして――。
誰一人救えなかった、あの日の自分と決別するために。
脳裏に蘇るのは今でも忘れられない光景。
あの時の無力な私。
何もできず、サダメに守られていた私。
あの悔しさだけは、今でも胸の奥に焼き付いている。
だからこそ。
私は治癒師になると決めた。
誰かを救える人になりたいと願った。
なら――。
最初から無理だと決めつけていてどうする。
できるかできないかじゃない。
できるようにならなければならないのだ。
一人でも多くの人を救いたいのなら。
私の夢を叶えたいのなら。
理想論だと笑われるくらいの高みを目指さなければ意味がない。サダメだって勇者という高い目標を掲げているのだから、今さらだ。
気付けば拳を強く握り締めていた。
迷いはもうなかった。
私は真っ直ぐ先生を見つめ返す。
「……分かりました」
「ん?」
「やってみます!」
自然と声に力が入る。
「皆を救える立派な治癒師になるために!」
宣言と同時に、不思議と胸の中が軽くなった。
魔闘祭に出場する。
その覚悟はもう決まった。
治癒魔法ならこれまで必死に学んできた。
けれど戦う力はまだ足りない。
だから確かめたい。
今の私がどこまで戦えるのか。
どこまで前線に立てるのか。
どこまで誰かを守れるのか。
この大会で全部試してみたい。
本気で。
たとえ相手がサダメだったとしても。
絶対に手加減なんてしない。
そんな私を見て、先生は少しだけ口元を緩めた気がした。
「……おう」
ぶっきらぼうな声が返ってくる。
「ま、せいぜい頑張れ」
それだけだった。
だけど、その短い言葉が妙に嬉しかった。
もしかすると先生は最初からこうなることを見越していたのかもしれない。
私に足りないもの。
治癒師として必要な覚悟。
それを気付かせるために、大会へ誘ってくれたのだろうか。
真相は分からない。
きっと聞いても素直には答えてくれないだろう。
けれど今はそれでいい。
私は先生に一礼すると、その場を後にした。
向かう先は体育館。
サダメが補習授業を受けている場所だ。
これから始まる新しい挑戦に胸を高鳴らせながら、私は一歩一歩、力強く歩き出した。




