第11章ー30
「うぅ……なんか、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……」
ようやく私の紹介が終わった。
だけど安心するどころか、会場の熱気はますます高まっている気がする。
一万人近い観客。
鳴り止まない拍手。
あちこちから聞こえてくる歓声。
巨大なスクリーンに映し出される自分の姿。
その全てが、今の私には刺激が強すぎた。
正直なところ、もう帰りたい。
ヒューズさんの紹介も紹介だ。
風の女神だの、仲間達の希望だの、無限の可能性だの。
言われている内容が恥ずかしすぎる。
そんな大層な人間じゃないのに。
むしろ今だって緊張で足が震えそうになっているくらいだ。
もし今の私の本音がスクリーンに映ったら、きっと観客の皆はがっかりするだろう。
そんなことを考えていると――。
「ミオ」
聞き慣れた声が耳に届いた。
「ッ!?」
顔を上げる。
そこにはマヒロが立っていた。
いつもと変わらない凛とした姿。
腰には魔妖ではなく雷電を差しているけれど、その雰囲気は普段と何一つ変わらない。
緊張している様子もない。
大勢の観客に囲まれているというのに、まるでいつもの訓練前みたいな顔をしている。
本当にすごい。
私なら今にも逃げ出したいくらいなのに。
そんなマヒロが、私の前に立ち――。
そっと右手を差し出してきた。
「……あ」
一瞬だけ目を丸くする。
すぐにその意味を理解した。
試合前の握手。
お互いの健闘を祈るためのものだ。
「……うん」
私は小さく微笑む。
そして差し出された手を握り返した。
「よろしくね」
「うむ!」
マヒロはいつものように気持ちの良い笑顔を見せる。
「手は抜かぬでござるよ!」
「ふふっ」
思わず笑みが零れた。
それでこそマヒロだ。
相手が私だからといって遠慮するつもりなんて最初からないらしい。
むしろ全力で来るつもりだろう。
だけど不思議と嫌な気はしなかった。
むしろ嬉しい。
本気で向き合ってくれるから。
それだけ私を認めてくれているということだから。
『おおーっと!?』
その瞬間、ヒューズさんの大きな声が響いた。
『両者、健闘を祈る握手が交わされたぁぁぁ!!』
会場から歓声が上がる。
『これは盛り上がってきたぞー!?』
『二人は普段から非常に仲が良いそうですね』
アルクさんも続ける。
『友人同士だからこそ、お互いの実力を知り尽くしているはずです』
『これは見応えのある試合になりそうですね』
さらに拍手。
さらに歓声。
けれど不思議なことに、さっきまで胸を締め付けていた緊張は少しだけ薄れていた。
握手をしたからだろうか。
それともマヒロの笑顔を見たからだろうか。
きっと両方だ。
私が一人で戦うわけじゃない。
相手は仲間。
大切な友達。
そう思うだけで少し気持ちが楽になる。
なんだかマヒロが女神様みたいに見えてきた。
……いや、それは流石に言い過ぎかな。
でも本当にそれくらい安心できた。
『両者、指定位置へ』
「ッ!」
その時だった。
穏やかだった空気が一変する。
リング中央へライラック先生が歩み出てきた。
審判の登場。
それが意味することは一つしかない。
試合開始だ。
とうとう始まる。
そう思った瞬間、和らいでいた緊張が再び胸の中へ戻ってきた。
ただし今度は少し違う。
さっきまでの緊張は人前に立つことへの不安だった。
今感じているのは戦いへの緊張。
つまり――覚悟だ。
私は一歩後ろへ下がる。
マヒロも同じように距離を取った。
お互い十メートルほど離れた位置で向かい合う。
さっきまで笑い合っていた友達。
だけど今は違う。
これから戦う対戦相手だ。
「……」
自然と呼吸が深くなる。
会場の空気も変わっていた。
あれほど騒がしかった観客席が少しずつ静まり返っていく。
誰もが固唾を呑んで見守っている。
一万人近い人達が、この試合の行方を見届けようとしている。
静かだ。
静かすぎる。
歓声よりもこっちの方が緊張するかもしれない。
だけど。
もう逃げない。
私は優勝したくてここへ来たわけじゃない。
だけど負けるために来たわけでもない。
コールスタッシュ先生に勧められたから参加した。
自分の力を試してみたかった。
どこまで通用するのか知りたかった。
そして何より――。
今の私なら、少しくらいマヒロに食らいつけるんじゃないかと思った。
その答えを確かめたい。
だから戦う。
『……準備はいいかい?』
ライラック先生の声が響く。
私は無言で頷いた。
向こうを見る。
マヒロも同じように頷いている。
真剣な眼差し。
侍としての顔。
その姿を見て、私も気持ちを引き締める。
『それでは――』
ライラック先生が左手を高く掲げた。
その動作に合わせるように、会場全体の空気が張り詰める。
心臓が大きく鼓動する。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
呼吸を整える。
風の流れを感じる。
魔力を巡らせる。
そして。
『試合――』
ライラック先生の腕が動いた。
『開始!!』
振り下ろされたその瞬間。
私とマヒロの戦いの幕が、ついに切って落とされた。




