第11章ー28
「魔妖を使ってはならぬと!?」
思わず大声を上げてしもうた。
入場直前。
選手控室から闘技場へ続く廊下に、拙者の声が盛大に響き渡る。
まさかこんな直前になって問題が発生するとは思いもしなかった。
腰に差した愛刀を見下ろしながら、拙者は困惑を隠せずにいた。
「聞いていると思うけど、今回の大会は出場者全員に魔力制限を掛けているんだ」
そう説明したのはライラック殿だった。
此度の魔闘祭で審判役を務める教師の一人であり、試合前の最終確認も担当している。
不正の有無。
危険物の持ち込み。
そして魔力制限の確認。
そのため、出場者は全員ここで検査を受けてから闘技場へ向かう流れとなっていた。
拙者もその例に漏れず検査を受けていたのだが――。
問題は魔妖だった。
「武器にも同じように制限を掛ける必要があるんだけどね……」
ライラック殿は眼鏡の位置を整えながら苦笑する。
その表情を見る限り、向こうも予想外の事態らしい。
「魔剣の特性なのか、一度制限の魔法を掛けても納刀した瞬間に解除されてしまうんだ」
「む?」
「つまり試合中に規定以上の魔力を発揮できてしまう可能性がある」
ライラック殿は肩を竦めた。
「要するに規則違反だね」
「そ、そんなぁ……」
思わず情けない声が漏れる。
まさか愛刀が原因で試合に出られなくなるとは。
完全に想定外でござる。
しかし説明を聞いているうちに、なんとなく理由も理解できた。
魔妖の魔法を発動する際、拙者は一度納刀する。
そして再び抜刀することで魔法を解放する。
その過程で魔力の流れを一度断ち切る必要がある。
恐らく、その特性が原因なのだろう。
制限魔法そのものを斬ってしまっているのか。
あるいは魔力の切り替えに巻き込まれて消えてしまうのか。
詳細は分からぬ。
だが結果だけを見れば問題は明白だった。
魔妖は大会の規則に適合しない。
それだけである。
「うぅむ……」
腕を組む。
困った。
本当に困った。
魔妖なしで戦うなど、今となっては考えたこともなかった。
半年近く共に戦い続けた相棒である。
握り心地。
重心。
癖。
全て身体に染み付いている。
今さら別の武器に持ち替えろと言われても難しい。
「どうする?」
ライラック殿が尋ねる。
「一応、貸出用の木剣ならあるよ?」
そう言って壁際に立て掛けられた武器を示した。
確かに木剣はある。
数も十分。
しかし。
「うーむ……」
思わず唸る。
長さも重さも分からぬ武器をいきなり本番で使うのは流石に厳しい。
戦いとは些細な違和感が命取りになるものだ。
特に拙者の戦い方は刀を中心としている。
感覚が狂えば実力を発揮できなくなる可能性もある。
どうしたものか。
試合開始まで残された時間は僅か。
焦りが少しずつ胸の中に広がっていく。
その時だった。
「……おろ」
ふと、ある存在を思い出した。
拙者は制服の内側へ手を入れる。
そして大事そうに一本の刀を取り出した。
「なら、これはどうでござるか?」
ライラック殿が首を傾げる。
拙者の手の中にあるのは、もう一本の愛刀。
名刀・雷電。
初任務の際、ソンジ殿が拙者のために鍛えてくれた特別な木刀である。
魔妖を手にしてから表舞台で使う機会はほとんどなくなった。
しかし決して不要になったわけではない。
だからこそ手放せなかった。
お守り代わりに、いつも密かに持ち歩いていたのだ。
「なるほど」
ライラック殿が受け取る。
そして魔道具を使いながら念入りに検査を始めた。
しばし待つ。
数秒が妙に長く感じた。
もしこれも駄目と言われたらどうしよう。
そんな不安が頭を過る。
だが――。
「うん」
ライラック殿が頷いた。
「これなら問題ないね」
「おお!」
思わず顔が明るくなる。
「制限も正常に掛かってるし、規則違反にもならない。使用許可を出そう」
「かたじけない!」
思わず深々と頭を下げる。
本当に助かった。
危うく試合前に失格になるところだったでござる。
雷電を受け取り、ゆっくりと腰へ差す。
そして柄に手を添えた。
「……」
久しぶりの感触。
魔妖とは違う。
だが不思議なことに違和感はなかった。
むしろ懐かしさの方が強い。
手に吸い付くような握り心地。
身体が自然と覚えている。
初任務。
訓練。
仲間との旅。
様々な記憶が脳裏を過った。
「うむ」
自然と口元が緩む。
大丈夫。
これなら戦える。
雷電もまた、拙者の刀なのだから。
「それじゃ、そろそろ出番だよ。行っておいで」
ライラック殿が入場口を指差す。
その先からは歓声が聞こえていた。
会場が沸いている。
観客達が待っている。
魔闘祭。
その第一試合が始まろうとしていた。
拙者は小さく息を吐く。
緊張はない。
あるのは高揚感だけだ。
腰に下げた雷電を軽く叩き、入場口へ向かって歩き出す。
愛刀は変わった。
だがやることは変わらない。
全力で戦うのみ。
そう心に決めながら、拙者は眩しい光が差し込む闘技場へ足を踏み入れたのであった。




