第10章ー84
「……」
喉元まで言葉は迫れど、声として紡ぐことが叶わぬ。奴が放つ覇気――まるで刃の如く鋭き気配に、拙者の身は知らず竦んでおった。情けなきことよ。されど、これが偽らざる現実。今この場において、まともに刃を交えられるのは拙者のみ。
サダメは既に地に伏し、動くこと叶わず。ミオには、その治療を任せねばならぬ。ならば、ここを繋ぎ止める役は――拙者が担う他あるまい。
「どうした? 怖気づいたか?」
嘲るでもなく、ただ事実を確かめるかのような声音。されど、その眼差しに宿るは明確な失望。拙者がここで退けば、次に狙われるはミオらであろう。
――それだけは、断じて許さぬ。
「……うむ。正直に申そう。今のお主には、恐怖を覚えておる」
ようやく絞り出した声は、我ながら情けなきほどに重かった。虚勢を張ることも出来たであろう。だが、それは無意味どころか、却って隙を生むやもしれぬ。ならば、ここは己の弱さすら認めた上で立つ他あるまい。
「されど――皆が居る以上、拙者は退かぬ。退くわけには、いかぬのだ!」
言葉と共に、己が心を奮い立たせる。腰を深く落とし、魔妖を構える。未だ、勝ち筋は見えぬ。奴を討つ術も、突破の策も、何一つ掴めてはおらぬ。
それでもよい。
拙者の務めは、勝つことにあらず。
――繋ぐこと。
サダメが再び立ち上がるその時まで、この命を賭してでも時間を稼ぐこと。それこそが、今の拙者に課せられし役目にござる。
「ミオ! 急ぎサダメの治療を! ここは拙者が引き受け申す!!」
振り返ることなく叫べば、背後より即座に返る声。
「う、うん! 分かった!!」
その気配が遠ざかるのを、肌で感じ取る。ミオがサダメのもとへ駆け寄り、さらにソンジ殿らもまた後を追う。散り散りにならぬは好都合。守るべき位置が定まるゆえ、余計な気を散らさずに済む。
「小娘よ。あれほどの力を見せられて、なお我に挑むか」
頭上より降り注ぐ声音。見上げれば、奴はまるで値踏みするかのように拙者を見下ろしておる。
――上等。
見くびられるは、むしろ望むところよ。
「無論にござる。ここで退けば、武士の名折れ」
短く、しかし確かに言い切る。恐怖が消えたわけではない。今なお、胸の内では心臓が荒々しく打ち鳴らされておる。だが、それを押し殺してこそ、武士。
恐れを知り、なお立つ。それこそが誇り。
「……よかろう」
奴は小さく呟き、ゆるりと腰を落とす。拙者と同じく、戦の構え。どうやら、標的は完全にこちらへと定まったらしい。
ならば、望むところ。
全ての意識を、眼前の敵へと注ぐ。呼吸を整え、足裏に大地の感触を刻み込む。わずかな揺らぎも見逃さぬよう、五感を研ぎ澄ます。
――来る。
その確信と共に、拙者は一歩を踏み出した。
「マヒロ・トーエン――いざ、参る!」




