第10章ー83
「サダ……メ……?」
あまりにも一瞬の出来事にて、拙者はその場に立ち尽くすことしか叶わなんだ。
何が起きたのか、理解が追いつかぬ。目に映ったはずの光景すら、脳が受け入れることを拒んでおるかのようであった。
ただ一つ、確かなこと。
――サダメが、吹き飛ばされた。
それだけでござる。
「……っ」
遅れて、ようやく思考が動き出す。
あの男――ブラムが赤黒き甲冑を纏いし後、何やら独り言の如く語っておった。そこまでは、拙者も把握しておる。
問題は、その後でござる。
奴が、僅かに足に力を込めた――そう見えた、その刹那。
次の瞬間には、既に間合いを詰めておった。
いや、“詰めた”などという生易しいものではない。
消えたと見紛うほどの速度で、距離そのものを消し去ったのでござる。
そして――
サダメ殿の懐へと潜り込み、そのまま拳を振り抜いた。
回避など、間に合うはずもない。
防御を取る暇すら与えぬ一撃。
そのままサダメ殿は、壁の彼方まで吹き飛ばされてしもうた。
思わず、息を呑む。
拙者の動体視力をもってしても、辛うじて“起きた結果”を認識できたに過ぎぬ。
過程は、ほとんど見えなんだ。
それほどまでの速度。
それに加え、あの一撃が生み出した風圧――周囲の空気すら震わせる膂力。
どれを取っても、先ほどまでの奴とは別次元の力にてござる。
あの血で構成された禍々しき鎧。
あれを纏うことで、自身を極限まで強化しておるというのか。
もしそうであるならば――
もはや“厄介”などという言葉で済む話ではない。
明確に、格が違う。
「ほお?」
不意に、声がかかる。
「一撃で即死させるつもりであったが、瞬時に防御を張ったか。見事だ」
「ッ!?」
奴はすぐ傍に立っておった。
サダメを吹き飛ばしたその足で、何事もなかったかのように。
その視線は、未だ壁際に倒れるサダメへと向けられている。
「貴様も、そう思うであろう?」
横目で、こちらを見やる。
その瞳には、先ほどまでのような剥き出しの敵意は感じられぬ。
だが――
「……っ」
身体が、動かぬ。
まるで、見えぬ何かに縫い止められたかのように。
言葉が出ぬ。
呼吸すら、浅くなる。
感じるのは、ただ一つ。
圧。
それも、尋常ならざる死の圧。
まるで、蛇に睨まれた蛙の如く、拙者はただその場に縛り付けられておった。
「だが――」
奴は、静かに言葉を続ける。
「奴は戦闘不能。戦えるのは、貴様のみであろう?」
「……」
否定は、できぬ。
サダメは動かぬ。
あの衝撃、そして今の状況を鑑みれば、意識を保っておるとは考え難い。
「折角、興が乗ってきたのだ」
ブラムは、わずかに口元を歪める。
「私を退屈させるなよ?」
その一言で、空気が変わった。




