第10章ー79
「どうした、親友? まさか――もう終わりなのかい?」
「……ベルダンディー」
声が、聞こえた。
それも、聞き間違いなどではない。はっきりと、あの男の声だった。
ゆっくりと視線を上げる。
そこに立っていたのは――紛れもなく、ベルダンディー・ダーラッド。
すでにこの世を去ったはずの、私の親友。
血に濡れた戦場の中で、いつものように軽薄な笑みを浮かべ、こちらを見下ろしている。
……幻覚か。
あるいは、死に際に見るという走馬灯の類か。
どちらにせよ、現実ではない。
だが――
「……」
確かに、奴は私に語りかけている。
あの時と同じ声音で。
あの時と同じ、鬱陶しいほどの明るさで。
「……私は、もう手は尽くした」
乾いた声で、私は応じる。
肺が焼けるように痛み、意識も霞み始めている。それでも、言葉だけは絞り出す。
「敗因は……慢心だ。私は奴らを、侮り過ぎていた」
事実だ。
本来であれば、私はあの時点で勝っていた。
魔導結界という絶対的優位。あの空間において、私は支配者だった。
にもかかわらず――
私はそれを捨てた。
「……正面から、ぶつかる必要などなかった」
奥歯を噛み締める。
最短で終わらせるなら、いくらでも方法はあった。結界の下方から突き上げる。死角からの連続攻撃。確実に仕留める手段など、いくらでも。
だが私は、それを選ばなかった。
「……くだらぬ、意地だ」
あの時、奴――魔王軍幹部、十死怪の一人であるエイシャと比べられた。
それが、癪に障った。
あの程度の連中と同列に語られることが、我慢ならなかった。
誇りが、邪魔をした。
その結果――
「……あの小僧に、弱点を見抜かれた」
そして、突かれた。
致命的な形で。
視線を落とせば、自身の身体は未だ再生しきっていない。血は流れ、感覚は鈍く、力も入らない。
この状態では――
「……終わりだ」
小娘一人の一撃でさえ、致命傷となり得る。
詰みだ。
どう足掻いても、覆せぬ状況。
「いや、まだ勝機はあるじゃないか?」
「……ッ!?」
その言葉に、思わず顔を上げた。
「……何を、言っている」
声に苛立ちが混じる。
この状況を見て、なお勝機があると言うのか。
満足に再生もできず、意識も朦朧としている。魔導結界の維持すら、もはや限界に近い。
そんな状態で――
「魔導結界の魔力、まだ残ってるだろ?」
ベルダンディーは、軽く肩をすくめるように言った。
「それを使えば、“アレ”もできるはずだ」
「……まさか」
その一言で、理解した。
脳裏に、ある可能性が浮かび上がる。
確かに――理論上は可能だ。
魔導結界そのものは、膨大な魔力の塊。その全てを制御しきれていないだけで、本来はそれを自在に変換することもできる。
つまり――
魔法を、“新たに構築する”ことすら。
だが、それは机上の空論に等しい。
「……不可能だ」
即座に否定する。
「今の状態で、そんな精密な制御ができるはずがない」
意識が定まらなければ、魔力の流れは乱れる。狙いも威力も定まらず、暴発するのが関の山だ。
せめて、肉体さえ万全であれば――
「なら、取り込めばいい」
「……」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
だが、すぐに気付く。
「……結界を、か」
「そうそう」
ベルダンディーは、楽しげに頷いた。
魔導結界の再生機能は、すでに限界に達している。だが――結界そのものを分解し、魔力として還元することは可能だ。
無論、完全には戻らない。時間もかかる。再展開はほぼ不可能になる。
だが――
「……魔力さえ戻れば、肉体の再生は可能」
そして、その上で。
「……“アレ”を使うことも」
呟くように言う。
あの技。
未完成であり、実戦投入など考えたこともなかった禁じ手。
だが――
今なら。
この状況なら。
「可能性は、ある……か」
自分でも驚くほど、冷静にそう結論付けていた。
「大丈夫さ」
ベルダンディーが、にやりと笑う。
「僕がサポートする。君一人じゃなくてもいいだろ?」
その言葉に――
不思議と、迷いが消えた。
根拠などない。
だが、この男がそう言うのなら。
「……ああ」
短く、頷く。
胸の奥に、再び火が灯る。
まだ終わっていない。
終わらせるつもりもない。
「もうひと踏ん張り、といこうじゃないか。ブラム!」
私は、静かに目を閉じる。
残された魔力を探り、結界へと意識を向ける。
これが最後だ。
どのような結末になろうとも――
私は、最後まで戦い抜く。
それが、私の選んだ道であり。
そして――
「……見ていろ、ベルダンディー」
親友に誓う、最後の戦いだった。




