第10章ー78
「なん、だと……?」
ベルダンディーの口から紡がれた言葉に、私は思わず息を呑んだ。
――私と全力で戦うことが、夢。
あまりにも突拍子もなく、だが同時に、あまりにも奴らしい理由だった。
だが、それでも納得などできるはずがない。
「……そのためだけに、あのような真似をしたというのか」
低く問い返す。
互いに殺し合うことになるなど、考えれば分かることだ。いや、むしろそれこそが必然だった。にもかかわらず、奴はその道を選んだ。
なぜだ。
そこまでして、何を求めた。
「僕はね、いや……僕達は、どこまでいっても戦闘民族なんだよ」
ベルダンディーは、穏やかな声で語り出す。
「戦いの中で死ねるなら、それ以上の幸福はない。そう思ってる」
その言葉に、一切の迷いはなかった。
「僕はさ、ブラム。君みたいな強い相手と戦えただけで、もう十分なんだ」
静かに、だが確かに満ち足りた表情で、そう言い切る。
「でもさ、昔決闘しようって言った時、君は断っただろ? だからさ……君が断れない状況を作るしかなかったんだ」
――なるほど。
全て、繋がった。
「それに、あの時の君なら遠慮なんてしないだろうしね。結果的に一石二鳥だったよ」
そう言って、奴はいつものように笑った。
死にかけているとは思えぬ、あの軽薄で、それでいてどこか清々しい笑み。
「……そうか」
私は短く応じる。
やはり、予想は当たっていた。
この男は、最後まで――この男だった。
「では、あの時の発言は虚言だったということか?」
ふと、気になっていたことを問いかける。
魔王軍に与するという話。あれが全て虚偽であったのなら、話は単純だが――
「ん~、半々ってところかな」
ベルダンディーは、あっさりと答えた。
「もし君があっさりやられるような男だったら、そっちに行くのも悪くないかなって思ってたし。でも――」
そこで一度言葉を切り、こちらを見る。
「その必要は、なかったみたいでよかったよ」
満足げな笑み。
――まったく。
「……はあ」
思わず、深いため息が漏れた。
「本当に、貴様という奴は……」
呆れを通り越して、もはや感心に近い。
私に、自分を殺させるか。
あるいは、自ら魔王軍に堕ちるか。
その選択を、私自身に委ねていたというわけだ。
どちらに転んでも、奴にとっては“望む結末”だったのだろう。
「ははっ、ごめんごめん。でもさ、結果的には大成功だよ」
軽く笑いながら、ベルダンディーは続ける。
「僕の期待通り……いや、それ以上だった。おかげで――」
その言葉が、わずかに掠れる。
「心置きなく、逝ける」
「……ッ!」
その瞬間、私は気付いた。
奴の身体が――崩れ始めている。
輪郭が曖昧になり、まるで霧のように、少しずつ消えていく。
時間がない。
もう、ほとんど残されていない。
「ベルダンディー……」
思わず、その名を呼ぶ。
何か言わなければならない気がした。
だが、言葉が見つからない。
そんな私を見て、奴は最後まで笑っていた。
「僕の夢は叶った。でも、君の夢は……まだこれからだろ?」
優しく、どこか楽しげに。
「僕がいなくなっても、めげるなよ。頑張れ、親友」
――ああ。
最後まで、貴様は。
「……」
胸の奥が、わずかに痛む。
だが、それを押し殺す。
この男に、最後まで付き合うと決めたのだから。
ならば――
「……ああ」
私は、ゆっくりと頷いた。
そして――
「いずれまた、どこかで会おう」
口元に、笑みを浮かべる。
「我が友よ」
その言葉を聞いたベルダンディーは、満足げに目を細めた。
次の瞬間、その姿は完全に霧散する。
何も残さず、ただ静かに。
――終わった。
戦いも。
そして、一つの縁も。
「……」
だが、不思議と。
それが永遠の別れだとは、思えなかった。
きっとまた、どこかで出会う。
そんな確信にも似た感覚が、胸の奥に残っていた。




