第10章ー77
決着は、思いのほか静かに訪れた。
あれほど激しくぶつかり合っていたというのに、最後の瞬間だけは、不気味なほどの静寂に包まれていた。音が消え、時間すら止まったかのような錯覚。
やがて、その余韻の中で――私の魔導結界が、ゆっくりと崩壊を始める。
血に満ちていた空間は色を失い、現実へと引き戻されていく。赤黒い景色は霧散し、残されたのは、ただ戦いの痕跡だけ。
「ハア……ハア……ハア……」
荒い呼吸が、静寂の中に響く。
勝者である私のものか、それとも――
視線を落とせば、そこに答えはあった。
地に仰向けに倒れたベルダンディー。その胸には、私の放った一槍によって穿たれた大きな穴が空いている。血が溢れ、呼吸は乱れ、明らかに致命傷。
私はゆっくりと歩み寄る。
一歩、一歩、確かめるように。
敗者となった男は、苦しげに息をしながらも、その目だけは死んでいなかった。ヒューヒューと空気を求める音を立てながら、私を見上げている。
「ハア……ハア……。み、見事な……一撃、だったよ……」
途切れ途切れの声で、そう言った。
最期の言葉が、称賛とはな。
それを受けた私は――
「……」
何も言えなかった。
ただ、顔を歪めることしかできない。勝利のはずだというのに、その実感はどこにもなかった。
「……ブラム」
ベルダンディーが、私の名を呼ぶ。
その声音に、いつもの軽さはない。だが、完全に消えたわけでもない。
遺言か。
そう思った。ならば、聞いてやるべきだろう。
「……ベルダンディー。貴様……」
だが、口を開いたのは私の方だった。
胸の内に渦巻く違和感が、どうしても抑えきれなかった。
「なぜだ」
低く、問いかける。
「……何故、攻撃を止めた?」
あの瞬間。
確かに奴は、踏み込めたはずだった。あの距離、あの体勢ならば、互いに相打ちに持ち込めた可能性は高い。
だが、ベルダンディーは止まった。
ほんの一瞬。
だが、その躊躇が――勝敗を分けた。
結果として、奴は私の槍をまともに受け、この致命傷を負ったのだ。
「こんな決着……納得できるか」
思わず、言葉が荒くなる。
ここまで戦い抜いて、最後がこれか。
そんなもの、認められるはずがない。
「答えろ、ベルダンディー……! 何故、止めた!」
詰め寄るように問う。
すると、奴は――
「え? ダンディーか、だって? そうさ、何故なら僕は――」
いつもの調子で、ふざけたことを言いかけた。
「……貴様ッ!!」
その瞬間、怒りが爆発する。
「この期に及んで、まだ戯けるか!? そのつもりなら――」
最後の最後でまで軽口を叩くつもりか。
ならば、本当に――
再びその名を拒絶してやろうかと、言葉を紡ぎかけた、その時だった。
「ごめんごめん」
ベルダンディーは、小さく笑いながら言った。
その声音は、先ほどまでとは違う。わずかに真剣さを帯びている。
「正直に言うよ。……僕の夢は、もう叶っちゃったんだ」
「……ッ!?」
一瞬、意味を理解できなかった。
夢?
今、この状況で、何を言っている。
「夢が、叶った……だと?」
思わず聞き返す。
奴の夢など、考えたこともなかった。いや、考える必要すらないと思っていた。
こいつは、戦いそのものを求める狂人だと。
戦場で戦い続けることこそが、本望だと。
だが――違うのか。
では、何だ。
何が、奴の“夢”だというのだ。
視線を向けると、ベルダンディーはゆっくりと息を整えながら、私を見上げていた。
その顔には――満足げな笑みが浮かんでいる。
「ああ」
かすれた声で、だがはっきりと。
「実はね、ブラム」
そして、奴は告げる。
「ずっと前から思ってたんだ。全力の君と、戦いたいってね」
――その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥で、何かが強く軋んだ。
「それが、僕の本当の目的さ」




